慎重な男
たいやき
第1話
やつれて老けた表情で、浜辺をフラフラと歩いている。
男は慎重な性格で、これまで一度も失敗を経験したことがなかった。
ただ、運が悪かったのだ。行き過ぎた環境問題意識は歪な法規制を生み出した。去年施行された法律により 327.4度を超える加熱の一切が禁止され、工業産業のほとんどが壊滅した。
当然男の経営する工場も例外ではなかった。一部を除いた殆どは廃棄処分を強いられた。そんな状況では利益を出せる筈もなく、コストばかりが掛かる負の資産となった。
会社は、金を生み出せなくなった事業の全てを切り捨てた。当然、男の工事も対象だったのだ。
強い太陽がもうじき沈み切ろうとしたとき、波が引いた砂浜に小さな瓶が頭を出して埋まっているのに気づいた。
今時珍しいな。
90年以上も前に環境破壊を異常に敵視する政党が政権を得た。初めに制定されたいくつかの法律の中には「製造する全ての物は生物が完全に分解できなければならない」という条項があった。
それからというもの、保存容器の全ては2週間もあれば完全に分解されるプラスチックでできたものが当たり前になった。この法律ができてから十数年でゴミ問題は完全に解決された。
しかし、風化に非常に時間の掛かる金属やコンクリートなどを使用した製造の全てがが禁止された。そんなわけで、新しい機械や施設を新たに作ることができず、例の工場では100年以上前の機械を保守し続けていたのだ。これはもうどうでもいい話だが。
拾い上げた小瓶は異様に透明で綺麗だった。
どこから流れてきたんだろう。何気なく開けた蓋の隙間から黒い空気が溢れ出した。
驚いて落とした瓶から出続けたそれは、男の顔を覆う程までになった。
何だこれ。
小さな恐怖を感じたが逃げ出す気力もなかった。そのモヤを不意に吸い込んだ男は一瞬めまいのようなものを感じた...
おお!本当に出られた!
突然耳をつくような声がした。
驚いて目を開くと、目の前にはスーツを着た若い女が立っていた。
やっぱり涼しいなぁ。良かった良かった。
誰だ?当然の疑問を口にすると、
ありがとうね、見つけてくれて。なんて見当違いな声が返ってきた。
ところで何か叶えたいことってあるかな?
呆然としてると
大抵の願いなら叶えられる。3つまで願いを教えて。
どういうことだ。
見つけてくれたお礼に、3つまでなら願いを叶えてあげる。
...願いって何でも?
ほとんどの事はできると思う。
そうか...
もし嘘だとしても気晴らし程度にはなりそうだ。もし本当の事だったとしたらできるだけ良い願いを叶えてもらわないと損だなぁなんて、男は半信半疑ながらワクワクしていた。とはいえ、急に言われても良い願いなんか出てこない。男はまずは試しにと口を開く。
金を出すことはできるか?人生で使い切れない程の。
いくらでも出せるけど、とりあえず1兆円くらいあれば良いよね。1つ目はそれで良い?
ああ、頼む。
大量の1億円チップが出てきた。どれも本物にしか見えない。
市民財布で問題なく読み取ることもできた。
なあ、どこまでの願いだったら叶えられるんだ?
さあ、試したこともないしよくわからないかな。あと2回だね。
出来るだけ大きな願いを叶えてもらうにはどうすれば良いのだろうか。男の興味は完全に願いを最大化することに移ってしまった。例えば、2回目の願いでそれを検証してもらい、最後の願いで最大限の願いを叶えてもらうというのはどうだろうか。
結果として願いを1つ無駄にしてしまうが、思いつきで2個願いを言うよりはきっと大きな願いが叶えられるはずだ。
では、どこまで大きな願いを叶えられるのかを試してもらうことはできるか?
できるよ。2個めはそれでOK?
構わない。
わかった、やってみる。
小さめの丸い岩の上、長い触覚で羽の無い醜い虫が震えている。
あの声が聞こえてきた。
すでに存在しているものを真似て作るのはできるけど月より大きい物は作れなかった。
精神や肉体の操作は問題なかった。筋肉や頭脳の能力を底上げするのは簡単だった。
2種類以上の生き物の特徴をかけ合わせるのは、失敗することもあるけど可能ではあった。
全ての生き物を殺すことはできたけど、生き返らせることはできなかった。けれど死んだ肉体から魂を原始的な生き物に移すことはできたよ。
破壊は結構できるみたいで、このあたりの星は全部壊せた。その後星を作ってみたけどこのサイズが限界みたい。生命の創生には意外と時間が掛かったけど、最終的にはここまで複雑な生き物が作れたよ。
そんな感じでどうかな?
最後の虫が息絶えた。
慎重な男 たいやき @buri83
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます