第8話 工藤教授

 天王寺博士が研究していた女性ホルモンというのは、一体どういうものなのだろう。マインドコントロールするためには必須のように言われている気がするが、工藤教授と呼ばれる人がそれを研究しているという。

「ところで、さっき名前の出た工藤教授というのは、どういう人なんですか?」

 と少年がほとんど理解できない話の中でのとっかかりがほしいと思ってしてみた質問だった。

「工藤教授というのは、K大学の生物学の先生なんだ。元々、赤魔術十字軍を撃滅するための研究を生物学の観点から研究していたが、天王寺博士が一番先にそれを成し遂げたというわけさ、全国には工藤教授のように、いろいろな権威ある教授がいて、それぞれに赤魔術十字軍の壊滅を目指していたんだ。工藤教授もその中の一人だということだね」

 K大学というと、国立大学でも理工系の大学でも全国で一番だと言われているところだ。かつてノーベル賞のような権威ある賞の受賞者をたくさん輩出していることも有名であった。

 しかし、老人がそんな赤魔術十字軍の撃滅を研究していたと言われる教授を懇意にしているというのは、合点がいかない。少年には分からなかったが、赤魔術十字軍に深いかかわりのあった老人の行動とは思えない。そこに何かの思惑と、陰謀のようなものが隠されているのではないだろうか。

 これは老人が知っていたことかどうか分からないが、工藤教授というのは、元々天王寺博士とは仲がよかったらしい。ただ、ある時から二人は決別し、犬猿の仲のようになってしまったが、ちょうどその後くらいに工藤教授と老人は知り合っている。

 工藤教授は正直、天王寺博士を恨んでいる。その恨みの度合いを知っているのは、この老人だけのようだが、老人が工藤教授に近づいたのは、天王寺博士への本気の嫌悪を感じたからだったのだ。

 天王子博士というのは、明らかに赤魔術十字軍の敵であった。しかし、彼が国民や日本政府の味方だったのかというと、そうではない。どちらかというと、敵になるだけの素質を持っていた。いろいろば学問に手を出して、心理学の研究を始め、政治に参画するようになったのは、その意志がハッキリとしてきた証拠ではないだろうか。

 工藤教授がどのような人だったのかというと、性格的には彼は一つのことに集中すると、まわりのことが見えなくなる方で、本当の学者肌と言ってもいいかも知れない人だった。

 それは天王寺博士も同じで、彼も元々は一つのことにだけ特化して研究する人であった。それが、変わってきたのは、ちょうど戦争が終わり、世間を赤魔術十字軍が席巻するようになってからだった。

 赤魔術十字軍は、そのほとんどが天才と呼ばれる人たちの集まりで、彼らを洗脳し、自分たちにいいように操っていた。いわゆる

「マインドコントロール」

 なのだが、そこに利用されたのが、例の

「女性ホルモン」

 だったのだ。

 工藤教授と言う人は、自分の研究が何においても一番で、研究のためなら、少々の悪いことであっても、足を突っ込んでもいいとさえ思っていた。

 そういう意味で、天才集団と呼ばれている赤魔術十字軍から、自分に白羽の矢が立たなかったことを不満に思っていた。そういう経緯があったので、逆に彼らに対しての不満を晴らすという意味で、赤魔術十字軍を壊滅させることに手を貸すようになったのだ。

 そこでも天王寺博士に割き起こされて、工藤教授は、

「いいところまではいくのだが、どうしても私には目的を果たせるところまではいかないのだ」

 それが自分の性分と思うようになった。

 だが、今回、老人(あるいはその周りにいる何らかの組織)から、

「工藤教授を見込んで」

 と言われたのだから、教授としては、意気に感じたことだろう。

「ここまでの人生を一変させてやる」

 というくらいに思ったに違いない。

 さらに彼らに協力したのは、もう一つ理由があった。

 それは、この老人がまるでこちらの考えていることを分かっているかのような人物だったからである。

 今まで自分の考えていることをことごとく否定されてきたと思い込んでいる教授とすれば、

「この人なら信用できる」

 と思った相手だけに、教授の老人に対しての感情はかなりのものがあった。

 工藤教授は老人に対して、

「研究関係のことは私に任せてください」

 というと、教授の方も、

「それは頼もしい限りだ。よろしく頼みます」

 と言って、それだけで協力関係に対しての話が終わったほど、以心伝心の仲だと言えるだろう。

 このギャング風の男も実は研究員の一人であった。今日はこのような格好をしているが、普段は白衣を着て、マスクをして、教授と一緒に研究をしているのだが、今回のいで立ちがあまりにも普段と逆なので、最初にこの姿を見た教授は、椅子から転げ落ちるほど、可笑しかったということだ。この男は教授に対しても十分な信頼をおいているので、和やかな雰囲気も決して無理のないことだった。

 老人を中心にしたこの組織は、信頼の絆で結ばれているのは間違いないようだ。そういう意味では赤魔術十字軍が行っていたマインドコントロールなどはまったく入り込む余地のないものだった。

 ということは、彼らがこの女性ホルモンをほしがったのは、少なくとも自分たちの組織の中での使用ではないことは確かなようだった。自分たちのために使用するのではないとすると、老人の野望とはどこにあるというのだろう。

「女性ホルモンというのは、実はそのままでは使用できない。必ず何かを混ぜ合わせなければ効果はないんだ」

 という意見を持っていたのは老人だった。

 今回の教授の実験は、そのあたりを証明するためのものだったようだ。

「確かに老人の言う通り、何かを混ぜなければマインドコントロールには通用しない。一体あの天王寺という男は何を利用したのだろう?」

 盗み出した女性ホルモンというのも、ただ、女性から抽出しただけのものではなかった。そこには何かの混ぜ物が含まれていたが、それに関してはそれほど難しくはなかった。

 女性ホルモンをこのように液体化して抽出する場合、その保存期間は極端に短い。それを保存可能緒と言えるまでにするための工夫として混入物がありのだという理論に立って考えれば、混入物が何なのか、結構すぐに分かった。

 ただ、それだけでは、これがどのようにマインドコントロールを誘発するのか分からなかった。

 降天女帝のように、洗脳に長けていた人がやれば、これくらいの女性ホルモンでも効果はあるが、赤魔術十字軍が開発した女性ホルモンは、ほぼ誰がやっても効果があるようなクスリに仕上げていると聞いたことがあった。

 そのクスリというのが、どのようなものなのかを工藤教授が研究しようというのだったが、まだハッキリとした結論は出ていないという。しかし、きっかけは掴んだようで、そこは老人もギャングも理解していて、先が見えてきたことを素直に喜んでいるようだ。

 工藤教授が考えたのは、

「天王寺博士の性格」

 だった。

 彼なら、こういう時にどうするかというのは、まったく性格が違っているだけに客観的に見ることができ、彼が自分にとっての反面教師であることを自覚しているようだった。

 工藤教授は努力家で、天王寺博士は天才肌と言えばいいのか、科学者としては、ひらめき型で天才型の天王寺教授の方が成功はするのかも知れないが、

「科学者の責任」

 という意味では、天才型には向いていないのかも知れない。

 何かを開発すれば、必ずと言っていいほどの副作用であったり、そこから何か知らずの影響が及ぶものであるが、天才肌の人にはそのあたりの自覚がない。努力家の人はすべてを慎重に考え、副作用であったり、社会的営業を鑑みるのだろうが、天才肌は自分の研究に酔ってしまい、悪いことには目を瞑ってしまう傾向にあるのだろう。そういう意味では悪の組織が利用するには、絶対に天才肌でなければいけない。

「科学者としての責任」

 などをいちいち考える学者は、研究も送れるし、余計なことを考えて、罪悪感から正義に目覚められると厄介だ。

 しかし、そんな天王寺博士を利用したのは、国家だった。なぜ天王寺博士に赤魔術十字軍が目をつけなかったのか疑問ではあるが。あれだけの天才が集まった集団なので、天王寺博士一人くらい問題ではないと思っていたのかも知れない。

 工藤教授のような目立たないが、コツコツ研究を重ね、最終的には人類にとって大切な研究を成し遂げることであろう。そこでは副作用や人間に及ぼす災いもすべて考慮されており、安全性を確かめられたうえで発表されることになるだろう。工藤教授を慕っている学生はかなりの数いる。それに比べて天王寺博士のそばにはそんなにいない。人間性のし違いもあるが、学生も天王寺博士の気まぐれなところについていけないようだった。

 天王寺博士は、知る人ぞ知る、

「天邪鬼」

 だったのだ。

 天王寺博士は元々天邪鬼な性格だったが、政治の世界を見てしまったことで、その裏表や忖度の仕方のいびつさに最初は、さすがの天邪鬼も、

「ついていけない」

 と感じさせた。

 政治家のように世襲が多かったり、派閥でできあがっている世界では、元々の基盤もなければ、後ろ盾もない状態であれば、最初は、

「出る杭は打たれる」

 状態だったのだ。

 実際に最初は出る杭として、頭打ちになったことはあったが、それでもさすがにあれだけの世間を騒がせた赤魔術十字軍を壊滅に追い込んだ実績というのは、何にも負けない大いなる実績だった。鉄壁の実績を持って政界に進出した博士は、すぐに自分のまわりに結界を築くことを忘れなかった。

 身を守る方法は、科学者としての知恵があれば、それほど難しいことではない。天王寺博士の天邪鬼性は、身を守るうえでも大きく影響し、自分のまわりにいるであろう危険分子を見つけてきては、秘密裏に誰にも分からないように粛清していったのだ。

 博士は自分がヒトラーかスターリンにでもなったかのような気分だった。自分には彼らほどのカリスマも備わっているということを自覚していた。それは間違っておらす、粛清をするのに、一番ふさわしい人間という、普通であれば、一番ありがたくない称号を与えられたようなものだった。

 政治の世界のことは、正直天王寺博士には分からなかった。そのほとんどは優秀な秘書にやらせていて、演説の文章もまず考えたことはない。政治家のほとんどはそんなものだと知ったことで、

「自分にもこれならできる」

 と思い、政治家への道を模索したのだろう。

 だがやってみると、思った以上に面白い。自分の考えてもいなかったことがどんどん起こるし、お金だって、別にほしいと言わなくても勝手にまわりが持ってきてくれる。こんなおいしい商売、あったものではないと思ったが、それも学者としての今までの努力があったからだと、天王寺は勝手に思っていた。

 国会での質疑だって、作ってくれた内容を読み上げればいいだけで、元々、質問も回答も事前に用意してあって、相手に示しているので、いわゆる出来レースのようなものだ。野党から何かを言われても、

「知らぬ存ぜぬ」

 で押し通せばいいだけだ。

 それでダメなら辞職すればいい。そうなったらそうなった時で、別に困ることはない。科学者としての権威を振りかざせばいいだけだった。それだけの実績は上げてきたし、しょせんは実績が勝負なのだ。

「世の中なんてしょせんはそんなものさ」

 と、完全に世の中を舐め切っているのだった。

 そんな天王寺博士も、最初から政治に打って出ようなどと思っていたわけではない、政治に出るとお金が儲かるという話を聞いたことで、

「自分の研究に必要な資金稼ぎになればいい」

 と考えていただけだった。

 しかし、実際に政治活動をしてみると、そう簡単にやめられそうもない。本当に楽しいのだ。学者だけではなく、一般企業の社長など、公共事業を請け負いたいが一心でへこへこを頭を下げてくる。

 今までこんなに優越感が楽しいとは思ってもみなかった。自分が元々優越感に浸りたい人間だということは分かっていたが、ここまでの優越感を感じたことはなかった。一度嵌ると抜け出せないぬるま湯に、完全に浸かってしまったのだ。

 工藤教授はどうであろう?

 工藤教授は、父親も大学教授だった。戦前から軍部と関わってきて、実際には甘い汁を吸っていたところがあり、いつも家に将校たちがやってきては、父親に頭を下げていた。

 父親は、尊敬に値する学者だった。だが、時代が父親の頭脳を兵器として利用した。爆弾であったり、火薬やそれ以外の薬物開発にも従事していたところがあった。その研究熱心さは、兵器開発でなければ、誰からも尊敬されていたであろう。

 父親が開発した戦闘機が海軍航空隊に採用され、いよいよ軍部での力が増してくるかと思っていると、戦局が危うくなり、研究所に詰めていたところ、空襲に遭って、帰らぬ人となってしまった。その頃には工藤教授は大学院に進学していて、

「自分もお国もために、たくさんの兵器を開発できるような人間になりたい」

 と思っていた。

 完全に父親の考え方を踏襲していたが、戦争も終わると、工藤教授は、放心状態になっていた。

「俺はこれから何をすればいいんだ?」

 という思いでいっぱいだった。

 実は、赤魔術十字軍が結成当初、まだハッキリとした軍団となる前、彼らのスタッフとなるべき、

「頭脳」

 を模索している中で、工藤教授もその一人にリストアップされていた。

 天王寺博士もその名前があったのだが、二人はそれぞれまったく違う理由で、赤魔術十字軍に参加することがなかった。

 工藤教授の場合は、放心状態になったことで、躁鬱症の気が出てきて、それまで燻っていた感情が表に出てきた。それを見た幹部が、

「感情が身体を凌駕してしまい、肝心な時の決断力や判断力に問題がある」

 という理由で、彼の勧誘は実らなかった。

 天王寺博士の場合は、彼の才能や発想に関しては申し分なかったのだが、彼の内面のカリスマ性があまりにも大きすぎて、軍団に入ると、争いの目になりそうなことは目に見えて明らかだったことから、

「こんな厄介な人間を入れるわけにはいかない」

 ということで、早々に彼も軍団入りを却下された。

 それぞれに優秀ではありながら、悪の結社としては、あまりにも代償が大きいと考えたのか、二人に話はなかった。

 しかし、まさかその数年後、そのうちの一人の天王寺博士に、表から潰されることになるとは思いもしなかっただろう。

 二人のことを軍団で最初にリストアップされていたという事実は、二人は知らない。二人の素行調査の時点で、早々に入団を却下されたからだ。

 後に残った事実として、天王寺博士は入らなくてよかったと言えるだろう。それはもちろん、世の中の側から見てのことで、軍団とすれば、

「あの時に入れておけば、こんなことにはならなかったかも?」

 と思った人もいるかも知れないが、それはあくまでも結果論であり、もしあのまま博士が入団していれば、もっと早く博士に腹から食い破れていたかも知れないと言えなくもないだろう。

「後からでは、何とでも言える」

 とは、まさにこのことではないだろうか。

 工藤教授にしてもそうである。工藤教授ほど、無難に安定した教授生活を送れている人もいないだろう。そういう意味では波乱万丈に見えるいつも表舞台に立っている天王寺博士とは違うところに教授はいる。

 その二人を見て、どちらがいいのだろうかと思う人も少なくない。当時の研究者会では、二人に対しての意見は結構割れていたように思えた。

 工藤教授にとって、自分の人生は自分のものであり、基本的にまわりはあまり関係ないと思っている。研究にしても、

「誰かのために」

 などという意識はむしろ少ないだろう。

 別に熱血漢でもなく、冷静であるがゆえに、普段からコツコツ努力することを苦にも感じずにいられるのかも知れない。

 そんな工藤教授の楽しみは、家庭菜園だった。それは、公私ともに認めることであり、研究員からは、

「さすが工藤教授、いつも冷静でいられるのは、家庭菜園のような趣味を持っているからなのかも知れませんね」

 と言われていて、家では奥さんから、

「あの人の家庭菜園は今に始まったことではないです。私との結婚前からあの人は趣味でやっていましたよ」

 と言っていた。

 つまり、研究室でも自宅でも、同じように家庭菜園に精を出していたのだ。

 他に趣味と言って何もない工藤教授だったので、それくらいの趣味はあってないようなものだった。酒やゴルフ。釣りなどのレジャーではなく、一人でコツコツできる家庭菜園はいかにも工藤教授と思わせた。

 これは、意外と誰にも知られていないことであったが、工藤教授が家で栽培しているものと、研究所で栽培しているものが同じものだということだ。

 専門的に難しい名前のようだが、それだけに誰もそのことに気付いている人はいなかった。

 もっとも、工藤教授は家に研究員を呼ぶことはまずなかったし、家族の人が工藤の研究室に来ることはなかった。少なくとも、同じ家庭菜園を始めてからは、どちらも一度もなかったのだ。

 ただ、実はこのことを知っている人が一人だけいた。これは教授が自分から話をしたことであり、二人の間での絶対の秘密になっていた。この秘密を言い始めたのは、その相手であり、その人のいうことであれば、工藤教授は結構聞いていた。

 工藤教授はあまり人の意見に耳を貸さないことで有名だった。堅物というわけではないのだが、どこか人を完全に信用できないところがあって、それが今の教授を支えているのかも知れない。

 教授が言うことを聞くという相手、それは言うまでもなく、ここの老人であった。

 彼は教授には、

「ご老人」 

 と呼ばせている。

 この老人は、自分を呼ぶ時の呼び名を皆微妙に変えている。それも老人の意志が働いていることだった。

 教授が家庭菜園を趣味にするようになったのは、他ならぬこの老人が進言したからだ。それまでは植物に興味はなく、どちらかというと棒物に興味があった。しかし、植物から摂れるいろいろな薬品が、教授をその虜にしたのだった。

「家庭菜園なんて、何が面白いんですか?」

 と、たまに老人にいうことがあったが、老人は黙って、

「わしのいうことを聞いておけばいいんだ。わしのいうことを聞いていて、間違っていたと思ったことがあったかね?」

 と言われると、教授は素直に頭を下げ、

「その通りですね。私が今ここにいられるのも、ご老人のおかげだと思っております」

 というと、老人も納得したかのようにニッコリと笑って、教授がさっき言った言葉が皮肉ではないことを示しているかのようだった。

「本当にご老人がいなければ、私はどうなっていたでしょうね? ひょっとすると、赤魔術十字軍に勧誘されて、悪の組織の一員として君臨し、今頃は絞首台の上だったかも知れません」

 と続けた。

「お前は最初から、赤魔術十字軍を毛嫌いしていたからな。しかしやつらが食指を伸ばしてきた時、お前さんはどうしていいのか分からないでいたところを、わしのアドバイスで入団しなくてもよくなったんだよな」

「ええ、感謝しています。なるほど、ああいう軍団に対しては、冷静沈着でいればそれでいいんですね」

「やつらだってバカじゃない。お芝居をしていればすぐにバレるというものさ。お前が本当に冷静沈着だったから、入団を逃れられたんだ。それは自分でも肝に銘じておけばいいと思うぞ」

 と、老人は言った。

「でも、天王寺博士がどうして彼らの組織に入らなかったのかということは不思議なんですよ。私のように冷静沈着というよりも、あの人は天才肌なので、ああいう組織は欲しがると思うんですけどね」

 と工藤教授がいうと、

「そうだね、表だけを見ていればそうかも知れない。だがね、天王寺という男は恐ろしい男なんだ、信用すると簡単に裏切ったりする。分かりやすく言えば、自分のことを最優先に考えてしまうので、まわりを裏切ることには何も感じないようなやつなんだ。特にあれだけの天才肌だ。味方にするとこれほど頼りになるやつはいないが、敵に回すとどうなるか。特に裏切られたとでも思い込めば、あいつは執念深いので、どのようにして復讐を企てるか、考えただけでも恐ろしい。

 と老人はいった。

「じゃあ、組織もそれを恐れて博士に近づかなかったということでしょうか?」

「そうだね、やつらの組織はああ見えて、決断力はすごいんだ。天才肌が揃っているので、わがままな変人が多いように思うだろうが、彼らhsそれをうまく統治した。きっと宗教団体の方のマインドコントロールによるものだったんだろうな。だからマインドコントロールというのは、教団が信者に使うものというよりも、むしろ、内部統制に使っていた方が実は強いんだ。教団という組織はそれを隠すための隠れ蓑にもなったし、マインドコントロールを受けやすくするためにも役立った。しかも資金源にもなるということで、一石二鳥どころか、三鳥でもあったのさ」

「なるほど、そういうことだったんですね。僕はあの組織のことはあまり詳しくは知らなかったのですが、そうやってご老人に説明していただくと、よく分かります」

「ああ、あの教団は一種のナチスのようなもので、彼らは、自分たちの目的に沿った組織を作り上げようとしていたんだ。だから邪魔なものはすべて排除しようという考えを持っていた。まるでナチスのホロコーストのようではないか」

「ええ、その通りですね。下手に中に入ってしまうと、彼らが少しでも自分たちと違うと感じると、いつの間にか消されていたということになりかねないというわけですね」

「その通りだ」

 工藤教授は、いまさらのように自分の立場がその時どうなったのかを思い返すと、背筋に冷たいものを感じた。

 工藤教授は知らなかったが、老人は天王寺博士に並々ならぬ恨みを抱いていた。ただ何となく、天王寺博士のことをよくは思っていないと思っていたが、それがどれほどのものであったのか、そのうちに知ることになるのだ……。

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