第4話 天王寺博士

 なぜ、あれだけ向かうところ敵なしだった無敵の軍団が衰退してしまったのか、それはある学者の説で分かったことだった。

 この学者は、科学、天文学、さらに心理学など、様々な研究に従事していた人で、彼曰く、

「それぞれに学問はあるけれど、その本質は一つである」

 と提唱していた。

 そんな彼だからこそ気が付いたのかも知れない。あれだけ警察が足で捜査し、世間の目が光っている中で、あそこまで大胆に行動できた組織だったのに、半年後からその活動を停止してしまった。

 博士の名前は天王寺博士という。天王寺博士は戦前から天才として学術界ではもてはやされていた。元々博士は生物学の権威で、次第に科学、天文学とその研究範囲を増やしていき、さらに心理学を研究し始めた。博士がいうには、

「私が進んだ研究順序は決してでたらめだったわけではない。進むべくして進んだ道だったのだ。それができたのは、最初に生物学を専攻していたからかも知れないな」

 と語っていた。

 凡人にはその言葉の意味はハッキリと分からない。だが、生物学者には、彼の言葉の意味が分かるらしく、彼のマネをして、科学や天文学に手を広げた学者もいたが、その途中で挫折してしまった。また生物学だけを専門に研究するように戻ったのだが、その時の発言として、

「本当に天王子博士は素晴らしい。我々にはとてもマネのできるものではない」

 と言わしめた。

 そんな学者でも、権威ある生物学の賞を取れたくらいなので、天王寺博士がどれほどすごい人なのか、想像を絶するものがあるに違いない。

 天王寺博士は、今世間を騒がせている悪の組織について会見を行うと言ったのは、最初の犯行声明が出てから、四か月後くらいのことだった。

「あの天王寺博士が、世間を騒がせている悪魔のような組織について会見するってよ」

 と、マスコミ界はハチの巣をつついたような騒ぎになった。記者会見は、相当の数のマスコミを巻き込んだため大きな会場で行われたが、警察の警備が最高に厳重だったことはいうまでもない。

 さっそく記者会見が行われ始めたが、

「まず、私が今日皆さんに集まってもらったのは、他でもない。例の反社会的集団についてのお話です。やつらは大胆にも犯行声明などを送り付け、まるで愉快犯のようですが、その実計算されたやり口で、警察の捜査を煙に巻いています。ご存じのように、殺人、誘拐、放火などと次々に犯行声明が出されましたが、警察でもどうすることもできませんでした。彼らは神出鬼没なのです。だが、彼らのやっていることに共通点を見つけようと考える人がどうしていなかったのか、私にはそれが疑問です。おそらく規則性を見つけたとしても、それが何を意味するか考えようとしないからではないでしょうか。それよりも旧態依然とした旧来のやり方で捜査する方が早いとでも思ったのでしょうか? 楽な道を選んだために、余計に事態は混乱し、却って彼らの術中に嵌ってしまったと言えるのではないかと思うのです」

 そこまでいうと、一杯水を飲んだ。

「彼らの目的はそこにあったのではありません。別の目的があり、いわばこの犯行声明は、こちらに目を向けさせるためのお芝居のようなものではなかったでしょうか。そうでなければ、ここまで小バカにしたような犯行声明を、これでもかと送り付ける必要などないと思うのです。犯行声明には二つの意味があります。しかし、最終目的は一緒です。犯行声明を出すことで、目をそちらに向けるといことと、警察を小バカにして、捜査陣の心理を掻きまわすことで、明後日の捜査をさせようという意思が働いていると思います。そしてその効果は甚大で、見えてくるものも、見えないようにされたのです。彼らによって張り巡らされた結界を果たして取り除くことができるのでしょうか?」

 まだ会見中で質問の時間ではなかったが、逸る新聞記者の一人が口を挟んだ。

「それじゃあ、博士はその謎が解けたというのでしょうか?」

「ええ、そのつもりでここにいます」

「それは、どの組織による犯行で、その目的、そして、犯行時における共通性を見抜いたと思っていいんですね?」

「ええ、その通りです。ただ、どの組織によるものかということは私でなくとも、マスコミや警察関係者であれば、分かるのではないかと思います。そのため、この場で発表はしますが、記事にするのはちょっと待ってください」

 この中継は、ラジオでは行っておらず、あくまでも記者相手の会見だったので、ここで発表しても、記事にならない限りは、一般国民に知られることはない。

 そういう意味で今日のこの会見が厳重だったというのは、組織に狙われているというのも問題ではあるが、それと同時に、一般国民に聞かせてはいけない部分があったという二つの理由が存在したのだ。

「ところでその団体というのは?」

「それは皆さんもウスウス感じいると思いますが、赤魔術十字軍です」

 と博士が言い切った瞬間、

「おお」

 と感嘆の声が聞こえたが、それは一部であり、他の連中はそれを固唾を飲んで聞いていた。

――やはり――

 という思いがあったのだろう。

「彼らの組織についても、私はある程度まで把握しているつもりです。彼らの組織は二部構成になっていて、一つはいわゆる反社会的な勢力であり、闇市から発展したものが強大になっていったのだと思います。これは皆さんのご想像の通りです。そしてもう一つは宗教団体としての顔も持っています。こちらは、まるで自転車操業ですが、反社会的勢力と裏で宗教団体が暗躍するという構造は、組織を大きくするには相乗効果があるのではないでしょうか。だから、彼らにとっては、この宗教団体と赤魔術十字軍とが結び付いているということを知られたくはないと思っています」

「具体的にはどんな団体なんですか?」

「皆さんも名前くらいは聞いた子tがあると思います。女性の教祖で、降天女帝というのをご存じでしょう?」

 というと、今度こそ会場から満場一致で、

「おお」

 という大きな声が響いた。

 これに関しては誰も予想する者はいなかったようで、ほぼ全員から感嘆の声が上がったのだ。

「聞いたことがあります。結構当たると言われていて、有名ですよね。実際に信者もかなり増えていると聞いています。そうですか、あの女が……」

 と言って、あたりを見渡すと、皆さも同意しているかのように、腕組みし、考え込んでいた。

 そして、次第にそれを理解すると、その不満の矛先は警察に向かった。質問は博士に対してではなく、同席していた警察幹部に向けられた。

「警察は何を捜査していたんですか。こんな重要なことを、警察からではなく、学術博士から聞かれるというのはどういうことなんでしょう?」

 と言われた。

 これを言われれば警察も何も言えなくなってしまう。それを庇うように博士が続けた。

「いや、これに関しては警察に問題があったというわけではありません。警察というのは捜査権限はありますが、おのずとその限界があります。警察捜査だけでは、どれだけの時間があったとしても、なかなか真相に近づくことは難しいでしょう」

 という博士の言葉に、警察幹部は額の汗を拭きながら、完全に恐縮していた。

 博士は話を続ける。

「組織について分かってきたところで、我々が次に考えたのは、共通性でした。何かの犯罪が同じ人間、あるいは団体によって行われる場合、そこには本人たちが気付いているかどうか分かりませんが、必ず共通性なるものが存在しています。ただ今度の場合は、確実に彼らは意識していたでしょう。それは、彼らが犯罪の形式を変える時に問題があったのです。殺人から誘拐、そして放火に移行する時、彼らは我々に挑戦状ともいうべき犯行声明を送ってきた。これが私にとって、彼らの共通性だと思ったのです」

 と博士がここまでいうと、

「それで、その共通性は分かったのですか?」

「ええ、分かったつもりでいます。これはひょっとすると、誰かの意志が働いているのかも知れませんが、働いているとすれば、降天女帝と呼ばれる教祖によるものでしょう。宗教団体としての彼らは、組織全体から少し隔絶されたところにいるような気がするんです。そこには結界のようなものがあって、結界を超えることは、教祖にとって許されることではない。だから組織としても、彼女に一任した以上は、彼女のやりたいようにさせていたんでしょうね。でも、犯行声明は彼女の意志ではなく、組織が出したものでしょう。なぜなら犯行声明のおかげで私はその共通性を見つけることができたのですからね」

 と、言って博士は自慢するでもなく落ち着き払っていた。

「一体その共通性とは何ですか?」

 逸る気持ちを抑えることができず、一人の記者が質問した。

 そもそも、ここまで結構話を引っ張ってはきたので、それを逸ると言っていいのかどうか分からなかった。

「それは、月の満ち欠けなんですよ」

 と博士は平然として言った。

 ここまで引っ張られていたからなのか、今度はそのことについて誰もすぐに言及する人も、感嘆の声を上がらなかった。

 しかし、意味が分かっていないと思われる新聞記者の一人が、

「それは、満月とか新月とか、三日月とかいうあれですか?」

 とまるで教授の言葉を補足するような形で言った。

「そうです。それこそが、彼らの共通点というか、彼らを指し示す指標のようなものだったのです」

 と語った。

 すると、一人の新聞記者が、

「そういえば、あの宗教団体のトレードマークは三日月のような形をしていたような気がするな」

 と思い出したように言った。

「ええ、その通りです。彼らの組織は常に月の満ち欠けを基準に行われています。一週間おきに犯罪が変わったのも、そのせいでしょう。彼らには天体への意識がかなりあるようです。私が元々生物学専門だったのが、天文学にも移行することで、それまで疑問だったことがことごとく解けていったのを記憶していますが、彼らも同じだったのです。私の場合は悪に染まることなく普通に研究しましたが、彼らは悪の組織として結成した後に月の仕組みを発見しました。恐ろしいことです。私が彼らを恐れるのは皆さんと違った意味で恐れるのであって、月の満ち欠けがどのようなものか、すぐには皆さんには理解できないと思いますが、月の満ち欠けを理解することができるようになった彼らは、ある意味無敵集団になってしまった。そのことだけは確かなことだと思っています」

 と博士がいうと、

「月の満ち欠けにはそんな大きな秘密があるんですね」

 とある新聞記者は聞いてきた。

「ええ、そうです。皆さんはオオカミ男の話をご存じでしょう? あれも満月を見ると普通の人間がオオカミ男に変身するというものですよね、もっともこれは都市伝説の類ですが、逆に都市伝説が生まれるというほど、満月というものが恐ろしいものの象徴であるともいえるのではないでしょうか?」

「なるほど、そういう見方もできますね」

「それに月というのは、太陽と地球の角度によっていろいろな変化をもたらす。しかも規則的にですね。地球も月も、公転もしていれば自転もしているんです。だから、そんな現象になるわけで、しかも、海における潮の満ち引きも、月の引力に関係していると言われていますよね。つまり太陽であれば、光や生命の源として我々に活力を与えてくれますが、月であっても、同じことなんです。それは諸刃の剣でもあり、一歩間違えると、悪に利用されることもあるということです。何しろ自然の力なんですから、逆らうことはできないでしょう」

 と、博士は言った。

「じゃあ、その共通性を発見したことで、博士はその力が赤魔術十字軍によってもたらされた災いだと思われたわけですか?」

 という質問に対して、

「もちろん、最初から目星はつけていましたが、確証がありません。でも、こうやって月の満ち欠けを理由にすると説明ができるんです。逆にいえば、やつらの仕業だと感じたから、月の満ち欠けが信憑性を帯びてきたと言えるかも知れません」

 博士の話を聞いていると、新聞記者たちは、

「うーん」

 と言って、下を向いたきり、なかなか顔を上げることができなくなっていた。

「そこまで分かったとして、今後我々はどうすればいいんですか?」

 というリアルな質問になった。

「彼らはかなりの自信を持った集団です。そんなやつらには今のままではまったく隙のない者を相手にしなければならなくなります。しかし、こっちが相手の秘密を少しでも知っている。理解しているということを見せれば、そこからちょっとした綻びができて、その綻びがやつらを追い詰める力になるかも知れません、策を練る人は自分がすることは分かっていても、相手が同じことをしてくるとは思っていないものですからね。それが油断なのかは難しいところですが、そうやって相手をジワジワと追い込んでいかないと一筋縄ではいかない相手なので、今のところ、それ以外の手段はないように思えます」

 と言って、まわりを見た。

「もちろん、今のセリフはやつらに聞かれてはいけないセリフになるんですけどね」

 と追加していった。

 新聞記者たちは各々理解しながら、

「うんうん」

 と頭を下げながら、記事をまとめているようだった。

 その日の記者会見の模様は大体そんな感じで終わったのだが、時間が長かったわりには皆あっという間に終わったと感じているかも知れない。それほどこの時の会見はすのすべてが神秘に満ちていた誰も想像もしていなかった話だったに違いなかった。

 悪魔の組織である赤魔術十字軍、彼らの運命は風前の灯と言っていいのか、その日、天王寺博士の記者会見を聞いた人の中で、そんな風に感じた人が果たして何人いたことだろう。きっと実際に風前の灯だと感じていた人がいたとすれば、天王寺博士だったのではないだろうか。

「本当の未来は神のみぞ知る」

 と言われるが、相手が悪魔の化身であれば、天王寺博士は神だったのかも知れない。

 天王寺博士はその後警察のアドバイザーとして就任した。警察では、今回のテロに対して、特別捜査班を形成し、特殊精鋭部隊を招集した。それはレンジャー部隊の様相を呈していて、普通の警察捜査よりも踏み込んだ捜査権限が与えられていた。例えば、テロ組織の一員に間違いないと思われれば、逮捕も家宅捜査も、令状なしに行えるというほどのものだった。

 もちろん、一般国民にはその存在は隠された。しかし、彼ら組織、いわゆる地下組織に属しているようなところは、その情報を握っていた。彼ら地下組織の諸団体からしても、赤魔術十字軍の存在は鬱陶しいものだった。彼らが暗躍するたびに、

「こっちがやりにくくてしょうがない」

 と思っていたことだろう。

 世間では地下組織に対しての警戒が強くなり、ちょっとしたことでどんどんしょっ引かれるようになると、彼らにとっても死活問題になっていた。彼ら地下組織にとっても、赤魔術十字軍は、

「仮想敵」

 としての存在感を十分に果たしていた。

 つまり、赤魔術十字軍は、地下組織全体の仮想敵であり、警察組織からも狙われていたのである。

 そこへ天王寺博士の分析結果が出てきた、彼ら赤魔術十字軍にとって、彼らの行動パターンである、

「月の満ち欠け」

 に関連したことを見抜かれると、その力は半減してしまう。

 そんな半減したところへ、地下組織の仮想敵となり、パワーアップした警察組織とも敵対しているのだから、彼らの運命は、この時点で風前の灯だと言ってもよかったのかも知れない。

 そんな中で、次第に赤魔術十字軍内部で綻びが出てきた。

 元々二部構成になっているのが、彼らの強みだったのだが、それも見抜かれ、完全に丸裸にされてしまった感覚を持った降天女帝は、すでにその神通力を失いかけていた。

 そのため彼らの双璧であったバランスは崩れ、次第に宗教団体としての力は薄れていった。

 反社会的勢力だけが残ったとしても、それは他の地下組織と何ら変わりはない。彼らには宗教団体としての後ろ盾があったことで、他の団体から仮想敵とみられながらも、迂闊に手を出せなかった理由だったのに、その神通力がなくなってくると、あとは、地下組織の中に埋もれてしまって、次第に弱体化していく。

 その理由として、警察の特殊部隊の内偵班が、彼ら内部に潜入し、いろいろな警察のウソのウワサを流すことで、彼らを混乱させた。そんな内部崩壊を招くような状態になったところに、地下組織からの攻撃を受ければ、彼らもさすがにひとたまりもなかった。

 内偵の中でかつての犯罪集団が行った悪事の数々。そして実行犯の名前などが記されたノートを持ち出すことに成功し、弱体化した組織への捜査が本格化してきた。犯罪集団に加担した者はすべて逮捕され、拘留、起訴、そして裁判を受けることになったのだ。

 何と言っても、国家へのテロ、いわゆる、

「国家反逆罪」

 にも等しい連中に、法律も改正され、彼らを裁くだけの十分な法体制は出来上がっていた。

 後は、裁判でいかに判決が出るかということだった。

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