第3話 犯行声明

 彼ら殺人集団は、ありとあらゆる殺人をやってのけ、それを預言することで、信者を少しずつ増やしていった。

 犯罪が非道であればあるほど、信者の数はゆっくりであるが、本当に信仰心の強い人が集まってくる。それが人間の心理とでもいうべきであろうか。そのことを教祖も分かっている。きっと団体に入る前は、心理学についての研究をしている学者か何かだったのだろう。

 その予想は間違っていない。そもそも、この団体を結成する主旨として、

「その道の専門家」

 を集めることだった。

 そして、彼らの研究や経験がどのようなポジションであれば、適材適所なのかを、幹部が考え、教祖として君臨することが心理学を生かせる一番だと考えた。

 それは一般市民に対してもそうだが、下級の構成員に対しても大切なことだった。マインドコントロールがどれほど大切なことなのかは、戦時中の情報統制で嫌というほど分かっていることだった。

 軍国主義に凝り固まった人々を、いかに民主国家の一員として洗脳しなおすかというのがm占領軍にとっての大きな問題であったが、それをいかに食い止めて、再軍備という旗印の元、結束させるかというもの、重要な問題だった。

 白羽の矢が当たった教祖には、野蛮な部分が隠されていた。幹部が彼女をマインドコントロールに使おうと考えた時、彼女の中にある残虐性が分かっていたのかどうか分からないが、次第にその残虐性が露呈してきたことで、

「よし、これなら使える」

 と考えたに違いない。

 残虐性と言っても、ただむごいというだけではいけない。何かを殺害することを芸術のように考えていないとダメだと幹部は思っていた。

 残虐性の中に美学があり、美学の中に残虐性がある、それは普通の人には決して見えないものであり、ふとした時に現れる。見る人が見れば一目瞭然だが、その瞬間というのは、恐ろしく短い。そこまで幹部は分かっていた。

 実際にそこまで分かるというカリスマ性がなければ、これほど大規模な軍団を作ることはできないだろう。

 しかも、世間体としては、つかみどころのないものでなければいけない。決して表に出てはいけないのだ。

 幹部にも上下関係がある、教祖は幹部の中でも下部に位置しているだろう。そんな下部に位置する幹部であっても、同じような考えでなければいけない。そういう意味で教祖は幹部に向いていたのかも知れない。決して焦ることなく、心理的な力を駆使して、まわりを従わせる。それを単純なマインドコントロールと言っていいのかは難しいところであるが、心理学においてのマインドコントロールは熟知しているつもりだった。

 そして、そのマインドコントロールを駆使できるのは自分しかいないと自負していた。

 この団体において、自信過剰は大罪であったが、彼女の場合は、そうではなかった。自信過剰になることで、マインドコントロールの制度が増すというのも事実であり、できるだけ自惚れさせる方がいいことを、幹部では分かっていた。

 それでも、教祖として君臨し、自分も幹部の一人だと自負していたこともあって、自分が監視されているということは分かっていたが、そこまで重要視してこなかったのは、実に彼女らしくなかった。

 それだけ自由にやらせてもらっていたということであろうが、そこが彼女の自信過剰すらも利用しようとする組織の恐ろしさであった。

 本当の恐ろしさは、見えないところにある。幹部を舐めているわけではなかったはずなのに、ここまで自分をコントロールされていることに気付かなかったことで、宗教団体が傾き始めた時、彼女の中で何かが弾けたのだろう。冷静沈着だったはずの自分に、彼女自身で疑問を感じたのだ。

「私に、これから考えようとする大量殺戮計画を指揮することなんてできるかしら?」

 と思った。

 一瞬であったが、そう思ったことで、自分に弱い部分があることを垣間見た気がした。しかし、その弱い部分を自分で捉えることはできない。弱さを知ることが己を知ることだと分かっているはずなのに、それを認めたくないのだった。

 彼らの犯罪は、個人的な攻撃もあれば、企業に対してのものもあった。

 個人的なものとしては、殺人はもとより、強姦、強盗、放火、詐欺、さまざまであった。被害に遭った人も別に関係があるわけではなく、

「無差別犯罪」

 であった。

 犯行が限られているわけでも、場所が特定されているわけでもないことから、防ぎようがない。

「犯人は被害者を監視しているはずなので、誰か怪しい人がまわりにいれば、必ず警察に通報すること」

 という警察からの通達があったが、怪しい人と言ってもどれほどのものなのか、例えば尾行されていると感じたとして、その人がどれくらいの時間、あるいは、どれくらいの距離後ろにいれば、それを尾行というのかという指標がまったくなかった。

 警察もハッキリと示さない。それは当然のことで、まったく新たな凶悪犯罪グループの出現なので、前例もないのだ。

 さすがに最初は、そのすべてが単独犯だと思っていたので、警察も個々に捜査を行っていた。犯行現場も被害者もまったく共通性に欠けているので、結び付けて考える方がどうかしている。

 それぞれの犯罪を追いかける捜査員は、他の事件の詳しい情報など知らないのだから、結び付ける方がおかしいくらいだ。しかも警察には管轄というしがらみがある。そのしがらみがある以上、もし、連続凶悪犯懺ではないかと思っても、口に出すことは誰もしないだろう。

 犯罪組織は、そんな警察の間抜けさを、さぞや笑っていたことだろう。

「そんな今までと変わりない捜査なんかしたって、絶対に分かりっこない差」

 と思っていた。

 逆に彼らは、

「この状態で警察に連続凶悪犯だということを看破されるようなら、その時点で自分たちの負けだ」

 というくらいに思っていたに違いない。

 警察というところの管轄意識は、反社会勢力の「縄張り」と同じだ、下手をすると、もっと感情的かも知れない。

 それは、警察にとって、

「百害あって、一利なし」

 であろう。

 そう考えると、

「本当に警察って間抜けだよな」

 と言われても仕方ないかも知れない。

 そのおかげで、管轄冴え跨げば、少々のことをしても見つかることはない。これこそ警察権力の盲点と言えるのではないだろうか。

 その割に、マスコミはちゃんと真相を見抜いている。

「凶悪テロ組織による、連続残虐犯罪」

 という見出しが表紙を覆っている。

 マスコミのように大げさで信憑性はないかも知れないが、それくらいの発想を持った人がいなければ、しょせん警察には何もできない。確かにマスコミは、何ら確たる証拠があって見出しを書いているわけではない。要するに獄舎が興味を持って、雑誌を買ってくれればいいのだ。

 そのため、中に書かれている内容は、かなり奇抜であるが、彼らから見れば、かなり的外れである。

「我々の緻密に考えられた作戦をまったく踏襲していない」

 と、嘲笑っている。

 もっともマスコミというのは雑誌が売れればいいのだ。遠慮なしに読者が震えおののくような記事を書いて、それが世間で評判になれば、自分のところの雑誌がこれからも売れるだろうという安直な考えでしかなければ、組織の考えていることなど、分かるはずもない。

 しかも当時というと、彼らが起こさなくても、何が起こってもおかしくない時代として、定評があった。それだけに、余計にそんな凶悪な団体が暗躍しているなど、思いもつかないだろう。

 それこそ、

「そんな秘密結社などの存在は、探偵小説でもなければありえない」

 という頭の固い幹部ばかりだった。

 幹部という意味でいけば、この秘密結社の方が、よほど頭がよく、時代を掌握しているのかも知れない。

 殺人事件では、いつも目撃者がいない場合が多かった。薄暗がりの場所で発見され、必ず殺害現場と死体発見現場が違っているというのが特徴だった。最初の頃はすべてがまったく別の殺人のように思われていたが、ある日のN社の週刊誌に、

「犯行声明」

 と書かれて、その記事が載った。

 そこには、

「今から一か月くらい前くらいから各地で起こった殺人事件、あれは我々の団体が起こした事件である。その証拠に、その殺人に目撃者が皆無であること、そして発見場所が薄暗がりであり、そのすべてが犯行現場と死体発見場所が異なっていること。それらは警察の捜査でしか公表されていない。それを我々が知っているというのは、どういうことであろう? 犯人が我々だということを示してはいないだろうか。この事件は今回がもちろん終わりではない。実際に我々もいつまで続くのか分からない。ただ、警察関係諸君の情けない捜査では、我々に辿り着くことさえできないだろう。無能な警察が入り口で右往左往している間に我々は中で犯行を実行し、そして、素知らぬ顔で君たちに嘲笑を浴びせながら堂々と去っていくのだ。これほど面白いことがあるだろうか。これは一種の我々の犯行声明だと思ってくれてもいい。だが我々がどこの誰かは君たちが見つけてくれたまえ。まずはそこからがスタートラインだ。こちらは君たちがやってくるのを楽しみに待っていることにしよう。それでは、またその時に」

 と、四角に囲って書かれていた。

 そして、最後には彼らが今まで起こした犯行を、場所と日時、これは死体発見現場とその発見時間であるが、記されていた。

 この犯行声明を記した雑誌担当者もさすがのことに、いつもの大げさに書き立てる勢いはない。犯人に睨まれるかも知れないし、不謹慎だと、世間からバッシングを受けることが分かっているからだった。

 これを見た警察が大いに憤慨したことは明らかなことだった。

「何というやつらだ。何が犯行声明だ。やつらは愉快犯なんだろうか?」

 という言葉に対し、

「そんなことはないだろう。最初にいくつかの事件をいろいろなところで起こしておいて、あとになって背k名を出すのは、愉快犯とはやり口が違う。むしろ、それよりも、我々警察に対しての挑戦ではないのだろうか。『俺は今までお前たちの想像もつかない犯罪を、堂々とここまでやってのけたんだ。無能な警察なんかに捕まるはずなどない』ということを言わんとしているんだ」

 という捜査主任の話を受けて、最初に口にした刑事は、頭を冷やして、落ち着いたようだった。

「それじゃあ、まずはこの雑誌社が何を根拠にこの記事を書いたのかを聞き出すのが先決ですね」

 というと、

「そうだな、そしてここに書かれている事件を再度洗い出して、それぞれの所轄と協議して、合同捜査ができるかどうか、話してみる必要がある」

 それを聞いて、刑事は思った。

――本当に警察組織というのは、面倒くさいものだ。管轄なんていう縄張り意識があるから、捜査がやりにくくてしょうがない――

 今までに何度、この管轄の壁にぶち当たってきたか、それを思い出すとウンザリしてきたが、今はそんなことを言ってはいられない。この刑事は、熱血漢で有名で、少し先走りしてしまうところがたまに傷だったが、それでも正義感は誰にも負けることはないだろう。こういう部下が一人くらいいてくれる方がいいと、捜査主任は思っていた。

 刑事はさっそく、出版社を訪れた。ちょうどその時、雑誌を編集した担当記者がいたので、話を聞くことができた。

「あなたは、どうしてあのニュースソースを手に入れたんですか?」

 と、単刀直入に聞いた。

 そこには雑誌記者独特のルートがあって、そこから苦労して手に入れたのだと思っていたが、

「ああ、あれですか。あれはですね。僕宛に送られてきた内容を記事にしただけなんです。ただ内容が内容だったので、編集長に相談しました。警察に通報した方がいいのでしょうかってね。すると、編集長は、いや、このまま書けと言ったんです。編集長とすれば、犯行声明だったら、うちに奥ってきたということは他の雑誌社にも同じことが送られているはずなので、ここで書かないと出遅れてしまうというんです。でも、僕が気になったのは、なぜ僕だったのかということなんですよ。僕は別にそんなに過激なことを書くわけではなく、ただ、事実のみを書くという記者としては面白みのない男なんですがね」

 というと、刑事の方も、

「だからなのかも知れませんね。相手とすれば感情をこめずに書いてほしかった。彼らの文章自体、十分挑戦的ですからね。そこに記者の私見が入ってしまうと、せっかくの犯行声明が薄くなってしまいますからね」

 と同意するような意見を言った。

 その話をしながら、刑事は記者の意見としてこの事件をどう思うかと聞いてみると、

「我々のところに告白文章を追うってきたり、マスコミに公表してほしい内容を送ってくるのは、意外と芸能人に多いらしいんですよ。社会部というよりも芸能部というんでしょうか? でもおかしいですよね、我々記者は、芸能人に対しては結構ズケズケを入り込んで相手緒気分を害することがあるのに、そんなマスコミに話を持ってくるんですからね」

 と言った。

「どういう心理なんでしょうね?」

 と聞くと、

「やっぱり、彼ら彼女たちは、根っからの役者なんじゃないでしょうか? 彼らは舞台や映画のスクリーンを自分を最大限に表現するものとして利用している。実際にはそんなに広いものではない、どう考えても限界があるんです。それを駆使しようとしている努力に対して頭も下がるし、経緯も表します。だから、僕は彼らとは共存共栄できればと思っているんですよ。お互いに欲望や願望を相手に求める、それを相手が叶えてくれるというような感じですよね、世間では我々が行き過ぎた報道なんて言ってますが、彼らだって我々を最大限に利用しようとしている。だって、我々が宣伝しているようなものですからね」

 といった。

「なるほど、あなたは対等なイメージを持っているんですね? 芸能人と」

「でも、今回の犯行声明はまったく違う、これは完全に相手からの圧力ですよね。送りつけておいて、あたかも、これを記事にするんだと言わんばかりですよ。本来なら嫌だと突っぱねるんですが、会社が公表を方針としているのであればしょうがない。僕も自分のプライドもありますから、なるべく相手の書いてあった通りに書いて、あとはそれ以上何も書かなかったというわけです」

 と言った。

「なるほど、僕は下手なことを書いて相手を怒らせて、さらに世間を騒がせるような事件を起こさないような配慮があったのかと思いましたが、今のお話を聞いて、記者さんの気概やプライドのようなものが分かった気がします。そうやってお聞きすれば、自分の中でくすぶっていたものも、何か解消したような気がしますね」

 と、刑事も素直に答えた。

「我々も、警察に対して時々無責任なことを書いています。自分でもその自覚はあるんですが、やはり警察というのは、縄張り意識が強いというか、上から目線というところがあるので、僕はそれが嫌なんです。もちろん、警察も捜査の段階で我々が勝手に騒いでいるのを見て。何を勝手なことを言っているんだって思っていることは感じていました。だから警察を批判することはなるべくしないようにして、事実関係だけを書くように心がけてはいるんですよ」

 と、刑事を前にして、少し照れ臭そうに話した。

 さらに彼は続けた。

「この事件なんかは、本当に恐ろしい組織が暗躍していると思っています。雑誌社に犯行声明を送り付けてくるんですからね。しかも不思議なことには、この声明はうちにだけ送られたものなんです。今までのマスコミを宣伝に使用しようとする犯人は、一社だけでなく数社に犯行声明を送り付けています。それはきっと、それぞれの意見を聞いてみたいという思いと、世間を混乱させる意味合いがあったのではないかと思うんです、それなのにうちだけに送り付けてきたということは、僕はそこが気になるんです」

「どういうことですか?」

「これは警察の方でも分かっていることではないかと思うのですが、犯行はまだまだ続くということでしょうね。まずはうちに送り付けてきた。そして次に彼らが送りつけてくるところは別の出版社になるんでしょう。彼らがうちに最初に送り付けてきたのは、偶然なのかどうかは分かりませんが、もし、何か事件が起こって、犯行声明が他の雑誌社に送り付けられてきたら、この犯罪はまだまだ続くということです。そして、二社目に送り付けてきた声明文こそ、本当の彼らの挑戦状で、見方によれば、脅迫状の様相を呈してくるかも知れないということです」

 さすがに雑誌社の記者らしい発想だった。

 刑事もこの犯罪がこれで終わるなどと万が一にも思ってはいなかったが、一社だけに送られてきた犯行声明の意味をそうやって解釈するということは、想像もしていなかった。それだけ自分が警察という組織にドップリと浸かっていて、他の見方ができないようになっていたのだということを思い知らされた。

 雑誌社の人は的を捉えていた、今度はその一週間後、別の出版社に同じような犯行声明が送られてきた。今度はいきなり雑誌に掲載するなどはせず、出版社から警察に連絡があった。そのため、すぐに掲載されることはなかったが、それがよかったのか悪かったのか、物議をかもすことになった。

 仰々しくも大げさな封筒で、まるで小包かと思うような分厚い封筒の中に、A4サイズの用紙が二つ折りで入っていた。用紙は三枚くらいで一枚は声明文であるという宣言だった。

 封を見ると、あて名は書かれているが、差出人はない。消印も記されているが、そんなものはどこの郵便局から出したかということだけなので、対してあてになるものではない。編集長宛てだったので、編集長が風を開けて中を見ると、いきなりの犯行声明。

「今度はうちだ」

 と思わず叫んだ編集長を、編集部の人間は一瞬にして見つめる。

 サッと事務所内に緊張が走り、編集部員が次々に編集長のところに駆けつける。皆以前の声明文を雑誌で見ているので大体のことは分かっていたが、まさか今度は他の編集者に送ってくるというのは、どういう神経をしているというのだろう。

「うーん、さっぱり分からない」

 と編集長は頭を傾げながら、とりあえず取り出した。

「諸君、無能な警察しか信じられない可哀そうな市民諸君、きっと皆さんは我々の行動に怯え切って、出勤や通学ができない人もいるのではないか? 実に気の毒なことで、哀悼の意を表しよう。さて、今回我々は、誘拐に目を向けることにした。いろいろな女を誘拐して、さてどうしようかな? 我々の慰めモノになってもらおうか? それとも、どっかに売り飛ばそうか? どれがいいと思う? 好きなものを選ばせてあげよう。もっとも君たちには彼女たちに慰めてもらうことは絶対にできないがね。安心したまえ、我々だってオニではない。取って食おうなんてしまい。むしろかわいがってあげようというのだ。男女が愛し合う。これは人間としては当たり前のことなんだ。そして、女性は子供を授かって、子孫を増やしていく。これこそ、自然の摂理というものではないだろうか? 諸君の陳腐なモラルとやらは、そんな営みを低俗のように考え、性行為を恥ずかしいものとして考えているが、果たしてそうだろうか? 生の営みこそ人間の人間たるゆえんではないだろうか。女は男に奉仕する。今の時代を象徴しているではないか。この間まで我々の宿敵だった。アメリカにかぶれて、男女同権などと言っているが、結局は男が女を養うのだ。君たちにその理屈が分かるかな? 本能によってのみ、人間らしくいられるんだ。目覚めろ男子諸君。我々は世の男の見方なのだ」

 と書かれていた。

 そこには殺人に関しては何も書かれていなかったので、殺害予告ではないようだ。

 しかし、誘拐というのは実に卑劣な犯罪だ。人一人の人権を無視して、さらってきて、脅迫という力によっていうことを聞かせる、そんな非人道的な犯罪は、殺人に匹敵することだろう。

 さっそくこの文章は警察に届けられ、これを掲載するかどうか、警察内部で審議された。

 これはマスコミを巧みに使った国家テロのようなものだと主張する人は、

「こんなものを国民に出したら、パニックになって、彼らの思うつぼではないですか?」

 という説もあれば、

「いや、彼らが声明文を送り付けているんだ。しかも堂々と。それを公表しないということは、彼らを怒らせることになる。もっとひどいことになりはしないか?」

「というと?」

「また、どこかで女性の行方不明者の死体が見つかるという……」

 そこまで言って、それ以上口にするのが恐ろしいのか、そこで話を止めた。

 しかし、一日いったいどれだけの人が行方不明になっているというのか、特にこの時代は戸籍もハッキリしておらず、誰が行方不明になっても、果たして届ける人がそんなにいるかというのも問題だ。誘拐された人が誰なのか、限定できないのでは、どうしようもない。

「一体、誘拐されたというのは本当のことなんだろうな?」

 といまさらそんなことを言う警察幹部もいるくらいなので、警察内部でもこの事件に関しての温度差はかなりのものではないだろうか。

「当たり前じゃないか」

 と、それをいさめるというか、罵倒する声も聞こえた。

「しかし、誘拐というと身代金などを要求してくるのが普通なのに、そんな要求はないじゃないか」

「当たり前じゃないか。やつらは、こっちが誰か分からないところを面白がってやがるんだ。身代金目的でもなんでもないんだ」

――いまさら何を!

 話をしていて、苛立ちがピークに達しそうであった。

 とりあえず、声明文はマスコミからではなく、警察からの記者会見という形で行われた。実はそれがまずかったのだが、それは、記者会見場が混乱したからだった。彼らの声明文をまともに読み始めると、最初は、

「おお」

 などという感嘆が起こったが、そのうちにその内容に誰も口を開く者はいなくなった。

 その内容に驚愕したというのも一つであるが、あまりにも人をバカにしたような文章に、自分で言っているわけではない発表者に、読み終わった後に浴びせられる怒号もあった。

 さすがにすぐに、大人げないと思ったのか、誰も怒りをあらわにすることはなかったが、今度は驚愕が襲ってきたようだ。

 しばらく静寂が起こった後、今度は質問のあらしだった。

 被害に遭った人が実際にいるのか、そして、被害者がいるのであれば、捜索は?

 などという質問であった。

 だが、警察は何も掴んでいないので、その旨を正直に言うと、またしても怒号のあらしだった。

「この間の声明文に対してもまだ何も分かっていないんでしょう。警察は一体何をやっているんだ」

 警察側も記者会見を開くということは、こうなることは分かっていたはずだが、さすがにこれだけの混乱は思ってもみなかっただろう。まるで、国会での強行採決を見ているようだ。

「これは完全に警察に対してというよりも、国家に対してのテロじゃないんですか? 警察だけで大丈なんですか?」

 と言われると、

「我々も警察の威信にかけて、不眠不休で捜査しております」

 と言っても、そう簡単に納得しそうもなかった。

 新聞記者としても、国民を代表しているという自負があるのか、そう簡単には引き下がらなかった。

 さすがにこうなると、押し問答が続くだけ、誰かが収めなければならないが、それこそ時間が解決するしかない。警察幹部は、そそくさと引き上げるが、詰め寄る新聞記者を押しのけるのが必死の状態だ。

 こんな状態を、秘密結社はどんな目で見ているのだろうと、国民は考えたことだろう。何と言っても、いつ自分が狙われるか分からないという恐怖は、街に広がった。特に年頃の女性は恐怖におののき、外出するのも控えるようになった。

 そんな状態がまた一週間ほど続いた時、今度はまた別の新聞社に、犯行声明が送られてきた。

 封筒は一週間前と同じで、大胆にも同じ消印が押されていた。もちろん、前の声明文が送られてきた消印から、その付近の捜査が行われたが、何も発見できなかったことはいうまでもない。

 やつらは警察の無能を嘲笑っているのだ。

「お前たち無能に何ができるというのだ。せっかく消印でヒントをやっているのに、どうするつもりなんだ」

 と言わんばかりであった。 

 今度の声明文も、完全に人を小バカにしていた。

 ここでいちいち、前と似たような、そして怒りがこみあげてくるような文章を、読み上げるのも胸糞悪いので、肝心な部分だけを書くことにする。

 今度の声明文で明らかになった犯罪は、放火だった。

 放火というと、殺人よりも実際には罪が重い。人の生命だけではなく、財産までも奪う可能性があるからだ。

 しかも、無差別ということもあり、犯罪の中でも一番悪質な部類のものである。

 今度の放火という犯罪に関しては、ある地区で頻発していたことから、誘拐の時のように正体が分からないわけではなかった。

 実際に、最初の放火に関しては犯人が捕まっていた。まだ未成年で、犯行理由も、

「むしゃくしゃしていたから」

 というのが理由だったので、まさかそれがやつらの無差別攻撃の序曲だとは思ってもいなかった。だから、二件、三件と放火があっても、模倣犯ではないかということで、やつらの関与を考えていなかった。そこへ、声明文が来たのだ。

 警察から言わせれば、

「しまった」

 と地団駄を踏むことになる。

 最初の未成年の犯行も実際には、犯行グループの一員だったわけだが、彼らの名指しした、

「無能な警察」

 には、そこまで考えるだけの頭が実際になかったのだ。

 そんな警察を嘲笑うかのように、放火が相次いだのは、犯行声明が出されて三日も立たぬうちだった。毎日のようにあったのがさらに三日、その後は、同じ日に、二件、三件と続いていた。それが犯行声明によるものだと分かったのは、同じエリアでの犯行だったからだ。

 彼らは大胆にも同じエリアで犯行を重ねていた。警察に対して、

「俺たちがこれだけ大胆にやっているのに、無能なお前たちにはどうすることもできないだろう」

 とばかりに自らの犯行を鼓舞しているかのようにさえ思えた。

 そんな彼らを抑えることはできないのか、警察に対しての批判は相次いだ・

「警察は何をやってるんだ。いつも同じエリアなのに、防げないとはどういうことだ」

 と、新部記者も苛立ちを隠せない。

 まるで自分たちの声が国民の声だと言わんばかりである。だが、それも当然のことであり、同じ地域で犯行が行われているというのに、犯行が行われ、警察は完全に嘲笑われていた。

 住宅事情もハッキリしない世の中ではあったが、中には大きな屋敷が空襲から逃れられたところもあった。そんなところも狙われ、さすがに屋敷全体が燃え落ちるということはなかったが、半壊状態になったことは、国民をゾッとさせた。

「神出鬼没の悪魔。都心部で荒れ狂う悪夢。魔術師のような犯罪組織に翻弄される警察。まるで魑魅魍魎の地獄のようだ」

 という文句が週刊誌の表紙を飾る。

 犯行声明を送られた週刊誌は皮肉なことに売れに売れた。そのせいもあってか、

「犯人は週刊誌の発行元ではないか?」

 などという根拠のないウワサもあったくらいだ。

 もちろん、そんなバカなことはなく、誰もそんなウワサを信じる者はいなかったが、誹謗中傷を受けた出版社としては溜まったものではない。その怒りの矛先は警察に向き、

「何とかしてくださいよ。犯行声明を送り付けられて迷惑しているうえに、誹謗中傷なんて、これじゃあ、溜まったものではないです」

 と、警察へのインタビューにも熱が籠っていた。

 世間は完全に怯え切っていた。まるで都会の上空に見たこともない色の暗雲が立ち込めているかのようだった、

 その色は濃い紫色をしていた。世界を黒く染めているのだが、真っ暗というわけではない。明かりはほんのりと灯っているのだが、この世の状態であれば、真っ暗な方がいいかも知れない。悪夢を見ないで済むからだった。

 悪夢というのはいうまでもなく、犯行声明を送り付けてきた連中。世間ではいろいろなウワサが立ち、

「再軍備を目指している連中がmテロを起こした」

 という者や、

「進駐軍による国民洗脳への第一段階」

 という者もいた。

 国家ぐるみでなければ、これだけ大胆にかつ大それたことができるはずもない。きっと信じられないような大きな組織が暗躍していると言われていた。

 だが、この組織に国家は関係ない。どちらかというと、国家転覆に近いかも知れないが、そこまで具体的に国家に対しての反旗はないようだ。

 この組織は、前述のような二大構成になっていることで、資金の調達がスムーズだった。やっていることは反社会的なことであって、非合法なのだが、彼らにそんなことは関係ない。何しろ、闇市が隆盛を極め、世間での公然の秘密になっているからだった。

 組織は、軍資金を得るためであれば、ありとあらゆることに手を出した。米軍との闇取引などはまだ公然と行っていたと言ってもいい。薬物にも手を出していて、いろいろな麻薬や劇薬を持っていた。化学班もあり、個別に薬物研究をしていた。そこには細菌やウイルスの研究もされていて、まるでかつての関東軍の某部隊のようである。

 ただ、これは組織の中でも、最重要機密になっていた。幹部の中でも一部にしか知られておらず、極秘で進められていたのだ。

 考えてみれば、敗戦の時、某部隊の存在を徹底的にこの世から抹殺した旧日本軍のやり方を踏襲していると言ってもいい。

 さて、そんな彼らの暗躍もそうは長くも続かなかった。

「悪が栄えた試しはない」

 と言われるが、本当にそうだと世間が感じたことだろう。

 彼らの犯罪が世の中を席巻したのは、それから半年ほどだった。それから彼らの勢いはまったく失っていくのだった……。

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