静かな絶滅

半ノ木ゆか

*静かな絶滅*

 青空の下、雪野原をマンモスの群れが歩いている。子供は群れの真ん中に集められ、大人たちに守られている。彼らは人間の耳には聴こえない、低い声で言葉をかけあっていた。

 その様子を高台から眺めている人影があった。毛皮の服を着込み、幼い男の子を背負っている。父親は地平線を見据え、耳を澄ました。だが、狩りの声も口笛の音も聴こえなかった。


 夕空の下、大海原を魚たちが泳いでいる。ヒラシュモクザメはブリモドキたちを従えている。海底近くをうろついて、夕飯の品定めをしているのだ。

 息子は舟の上から、その様子を目をきらきらさせて覗き込んでいた。父親は帆と舵をあやつっている。彼は水平線を見据え、耳を澄ました。だが、漁の声も汽笛の音も聴こえなかった。


 星空の下、南国の森を隆鳥りゆうちようの親子が歩いている。ダチョウのような姿をした巨大な鳥で、親鳥は人の背丈の倍近くもある。親が木の実を地面に落としてやる。ひながそれを嬉しそうについばんだ。

 息子は天幕の隙間から、その様子を息をひそめてうかがっていた。父親は上掛にくるまっている。彼は静かに目をつむり、耳を澄ました。だが、祭の声も囃子の音も聴こえなかった。


 夜明け前。緑の生い茂る湿地帯に、ひとすじの煙が立ちのぼっている。あの親子が小さな焚火にあたっていた。息子は父親より背が高くなっている。

 火は今にも消えそうだった。夕辺ゆうべ食べた獣の骨がくべられていた。

「静かだね」

 膝をかかえたまま、息子が呟いた。父親が問いかける。

「どうしてか分かる?」

「それは、人間がいないからだ」

 息子は答えた。

「世界中を旅してきたけど、父さん以外の人間を見たことがない」

 風が吹きぬけて、火が消えた。暗がりに灰が飛び散る。その通りと言うように、父親は深く頷いた。

「私たちは原始人みたいな暮しをしているけど、実は人間の最後の生きのこりなんだよ」

 月を見つめて、彼は語りだした。

「人間は、この星で一番おろかな生き物だったと、ご先祖様から伝え聞いているよ。数えきれないほどの生き物を滅ぼして、世界中の土地をだいなしにした。そのせいで天気がおかしくなって、大きな殺し合いが起こって、みんな死んでしまったんだ」

 父親は続けた。

「生きのこった人々が、壊れた自然をもとに戻そうとした。気が遠くなるほど長い時間がかかったそうだよ。滅んだ生き物をよみがえらせたり、土や水から毒を取りのぞいたりしてね。すっかり元通りとはいかなかったけれど、人間があらわれる前の景色に、だいぶ近づいた」

 東の空が明らんできた。息子に笑いかける。

「人間はじきに絶滅する。私もきみも男だからね。さわがしい人間たちが滅んで、地球はやっと、もとの静けさを取り戻すんだよ」

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静かな絶滅 半ノ木ゆか @cat_hannoki

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