第4話 エピローグ

 ――半年後

 私は駅前の喫茶店で一人、呆けながらこの半年で身に起きた怒涛の変化を思い出していた。


 まず、前科が付いた。

 殺人未遂で逮捕されたのだが、相手の常軌を逸した煽り運転の様子、嫁へのDVを止めに入ったという事実と、お母さまの知り合いの腕のいい弁護士の頑張り、馬鹿旦那が大した怪我じゃなかったこと等々のおかげで何とか執行猶予が付いた。

 判決は懲役三年執行猶予五年。晴れて弁当持ちだ、ちなみに執行猶予の事を弁当と呼び、執行猶予が明ける事を弁当を食いきったと言うんだと、拘置所で一緒になった大麻所持で捕まった女子高生に教えてもらった。無駄な知識が増えていく。


 流石に前科が付いたら会社はクビだろうなと思っていたが、クビにならなかった。社長曰く「前科くらいで逃げれると思うなよ?」との事らしい。因みに給料は新卒以下に下げられた、弊社はギンギンのブラック企業だ。


 一番困ったのはあの馬鹿旦那と示談をしなければならなかった事だ。相手方にも責はあるとはいえ、こじれて困るのはこっちなので早急にまとまった金を用意しなければならなかったのには焦った。

 途方に暮れていた私を札束で殴ったのはなんとお母さま。何でも私の結婚資金にと貯めていた金らしい。「孫の顔を見たかったがもうあきらめた。好きに生きろ」と示談に使ってもなお余った金でヨーロッパ各地を回る旅行に出かける空港で言われた時には申し訳なさが凄かったので「どんだけ貯めこんでたんだよ! 世界的バンドのツアーみたいな回り方しやがって! あとお父さんも連れて行ってあげて!」というツッコミはしないであげた。


 そして最後に真奈美の事。とここまで考えたところで店のドアベルが鳴った。

 入ってきたのはマスクとサングラスをした可愛い可愛い私の後輩。


「お疲れ、どうだった?」

「はい、あの馬鹿旦那半年かけてやっと書いてハンコ押しましたよこれに!」


 威勢よく真奈美が机の上に広げたのは一枚の紙、左上には離婚届の文字。


「もー大変だったんですから。最終的にはカス紗センパイ呼ぶぞ! って携帯に手をかけたところで向こうが折れましたね」

「代理人越しとはいえ示談までしたのにそんなに怖がるかね?」

「あはは、示談しようが懲役になろうがカス紗センパイが私の為ならどこまでも行く人だってのを一番骨身に染みて知ってるのはあの馬鹿旦那ですからねぇ。ま、向こうのプライドが満足できる程度にはまた殴られてきてやりましたけど」


 そういって真奈美はサングラスとマスクを少し外す。真新しく痛々しいあざができていた、しかしその目は楽しそうに笑っていた。


「ほんとお疲れ。それとあの話、考えてくれた?」

「んー? 何の話ですか?」

「とぼけてんじゃないわよ、その、好きだって話」

「えー? センパイが私を好きなのは昔から知ってますけどぉ?」

「あーもうだから付き合ってほしい……いや、結婚してほしいって話!」


 顔を真っ赤にしてそう言う私を見てからからと笑う真奈美。畜生、腹立つ。でも惚れた弱みでぐっとこらえる。


「でもカス紗センパイ馬鹿だから気づいてないと思うんですけど日本じゃまだ同性婚は認められてないんですよ? どうやって結婚するんですか?」

「え⁉ 婚姻届けに名前書いて出せば出来るもんじゃないのアレ⁉」

「いえーい馬鹿丸出し。そんなアホアホな先輩に私が出す答えはこうです」


 そう言って真奈美は机の上の離婚届をつまみ上げた。


「これ、今から二人で市役所に出しに行きましょ? 真似っこのおままごとみたいな行為だけど、これって結構粋じゃないですか?」

「それって……」

「これで意味が伝わらないアホなら幻滅しますよ」

「わかった! わかったから!」

「さあそうと決まれば善は急げ! やること沢山あるんですからね。まず二人で住む新居を探しに行ってー、次に家具選んでー」


 言いながら立ち上がり、店を後にする真奈美。


「ちょっと待ってって!」


 慌てて会計を済ませ、後を追う私。

 店の外には真奈美がサングラスとマスクを外した腫れあがった晴れやかな笑顔で待っていた。


「どこまでも行きましょうね、カス紗センパイ。私達二人で!」


 拝啓、お母さま。今頃はイギリスの空の下でしょうか。貴方が貯めてくれていた結婚資金のおかげで私、結婚できそうです。女同士のままごとみたいな関係ではあるけれど、幸せなのでもういいんじゃないかな。


 追伸 孫は相変わらず諦めておいてください。欲しけりゃ体外受精の費用をご負担ください、見積もりは同封しておきました。


 <了>

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どこまでも行ける女は片思い相手の既婚者を助手席に乗せた時、一体どこまでいけるのか。 助六稲荷 @foxnnc

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