第12話 余韻と身バレ危機

「お疲れ様、ベル」

「よく頑張ったな、セナ」


 全てを済ませてお布団に入り、私はねぎらいの声をかけた。そしてその声にこたえるように、ベルもねぎらいの声をかけて頭をそっと撫でてくれた。

 ベルがいなかったら、きっと今の私はいないくらいに充実した日々を過ごしている。うまく言葉には表せないけれど、この8文字にすべてを凝縮して伝えた。

 とはいえ、感謝もあれど文句もある。

 特にいきなりくすぐってきたときとか、くすぐってきたときとか……。


「やりすぎじゃないですか、あれ」

「気持ちよさそうな声を出していたのは、どこのセナちゃんじゃったかの~?」

「いじわる」

「我、悪魔じゃし」


 ごく当たり前のことを言って、にやりと笑みを浮かべていた。


「さてと、明日は何をする?」

「もちろん学校に行くに決まっているじゃないですか。私、こう見えてもぴちぴちの女子高生ですよ?」

「ぴちぴち……そうか……」

「ベルはお留守番ですからね。悪魔が学校に行ったら、変な目で見られる可能性もありますし。まあ、魔法で透明になれるんだったら考えなくもないですけど」


 ベルは少し考えると、


「……分かった!」


 と元気いっぱいに言った。

 嫌な予感しかしないな、と思いつつも眠りについた。




 ♢♢♢


「おはよう、ベル……ってあれ?」


 隣で寝ていたはずのベルはいなかった。

 やっぱり昨日までの出来事は夢だったのかもしれない。悪魔を召喚して、一緒に配信して、たくさんの人に見てもらえて。現実で起こりえないことばかりが実際に目の前で繰り広げられていた。

 そう思って、学校へ行く準備をしようとした時だった。

 枕元に見覚えのない小さいぬいぐるみがついたマスコットがあった。ネコに黒い羽が生えた、可愛らしいビジュアルのそれは買った覚えのないものだった。


「こんなの、持っていたっけ……」


 ツンツンとつついてみるけれど反応はなし。

 それならば、とチェーンを指に引っ掛けてくるくるとまわしてみた。

 するとうめき声と共に、ベルの悲鳴が聞こえてきた。


「や、やめるのじゃ!!! 目が、目が回ってたまらんわ!!!」

「ベル!?」


 驚きのあまり、キーホルダーを投げてしまった。

 ベルの声がするそれは、投げられても地面には落ちず、ゆっくりと浮遊した。私は反対に、腰を抜かして床に座り込んでしまった。


「そんなに驚くこともないじゃろ」

「いきなりキーホルダーがしゃべったら、驚くに決まっているじゃないですか!」

「……そうなのか?」

「そうなんですよ! それでどうしてキーホルダーの姿になっているんですか?」


 純粋な疑問をぶつける。

 すると帰ってきた答えは、少しこちらの様子をうかがう声色だった。


「それは昨日、セナが魔法でどうにかしたら一緒に学校へ連れて行ってもいいと言っていたからじゃよ。透明だとセナも分からなくなるじゃろうし、この体であればわかるじゃろ?」

「確かにどうですけど。そこまでしていただいたのなら仕方ありません、行きましょうか学校へ」

「やったなのじゃ~!」


 キーホルダーは空中でぐるぐると回っていた。

 表情が見えない分、オーバーなリアクションは視覚的にもわかりやすくて助かる。喜びすぎで壁に衝突しそうになっていたところを手のひらで救い、布団の中にしまった。


「それじゃあ、着替えをするので目をつぶっていてください」

「な、なぜじゃ! 我とセナは女同士じゃろ! 裸の付き合いというのもしておくべきだと思うんじゃが」

「いつもの姿だったらいいですよ。でもキーホルダーって、ちょっと監視されている気がして……」

「監視されている気がして?」

「変な気持ちになってしまうというか、なんというか……」

「分かった、いつもの姿に戻ろう!」


 ぽん、とコミカルな音を立てて布団の中に膨らみができる。

 いつものベルに戻ったらしい。そして布団の中からもぞもぞと立ち上がると、私の肩を軽くたたいた。


「外に出たらキーホルダーになるから安心するのじゃ。ほれほれ、我儘なセナのお着替えを手伝ってやるからの~。まずはパジャマを脱ぎ脱ぎするのじゃよ」

「自分でできます!」

「我にお手伝いさせてくれなかったら、この家を残して街を全部吹き飛ばしてしまおうかの」

「わ、分かりましたよ。手をあげればいいんですよね」


 悪い笑みを浮かべるベルにかなうはずもなく(もし本当に吹き飛ばされたら困るので)、渋々主導権を渡した。ベルは満足そうにうんうん、とうなづいている様子が見える。


「よしよし、いい子じゃ。それじゃあ両手をあげて―—こちょこちょこちょ~!」


 ベルが私の脇に手を滑らせ、思い切りくすぐり始めた。

 くすぐられることに弱いと定評がある私は、ベッドに倒れこんで身をよじらせる。けれどベルは抵抗されていることに燃えたのか、その手を緩めない。


「騙したなあぁぁっ! や、やめっ」

「ほれほれ、もっとくすぐってやろうかの~」

「い、今すぐやめないと……」

「今すぐやめないとなんじゃ?」

「仕返しだぁああ!」


 馬乗り状態のベルをひっくり返し、今度は私がくすぐる。

 突然のことで抵抗できないのか、ベルは完全にされるがままになっている。

 ははは、愉快愉快!

 完全に魔王のような思考になってしまっていた、これが悪魔と一緒に過ごしている弊害か!?

 加虐心を存分に煽られながら、くすぐりを続けているとベルは声をあげた。


「せ、セナ! や、やめるんじゃ。あははははっ」

「勘弁しましたか、ベル」

「ま、参りましたのじゃ~!」


 降参の意を示してきたので、私も手を止めた。

 そしてほっぺたを手で挟んで、にっこりを笑みを浮かべて宣言した。


「今度やったら、この倍は仕返ししますからね!」

「その時は我も策を講じておこう」


 やはり、懲りていないらしかった。




 ♢♢♢


 くすぐり疲れてしまいながらも、学校の準備を何とか終わらせて家を出る。ベルといちゃいちゃ()してしまったので、時間がだいぶ押してしまったけれど、それでも遅刻するには至らなかった。

 桃色のリボンを結んだブレザーの制服を靡かせ、ベルと適度に会話しつつ通学路を歩く。

 けれど楽しかったのもつかの間、学校に着くと冷や汗をかく事態に直面した。


「おはよう。聖菜ちゃん」

「おはよう」


 教室に到着すると、隣の席の友人が挨拶してくる。いつも通り挨拶を返すが、今日は少し違った。身を乗り出すように、話題を振ってきた。


「昨日の配信見た!?」

「配信?」


 配信、という単語を聞いて体温が引いていく。

 相手の出方をうかがっていると、ニッコリ笑顔で言った。


「天魔セナちゃんとベル様の配信! その話題で持ちきりなんだよ~」

「へ、へえ~」

「そういえば聖菜ちゃんって、名前も一緒だし声もちょっと似てるよね」


 もう、駄目かもしれないです。

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初配信で本物の悪魔を召喚したら、大人気VTuberになってしまった件について。 白鷺。 @sirasagi_zakuro

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