4.夕奈さん

「呼びにくいでしょ」


 放課後に立ち寄った公園で、自販機で買ったアイスココアを飲んでいたボクに、望月さんが突然そんなことを言ってきた。


 一体何のことか分からず首を傾げていると、彼女は言いにくそうにしながらも、発言の意味を補足し始める。


「望月さん……て、ちょっと、呼びにくい……でしょ? なんか、回りくどい、っていうか。ええと……もちっとしてる、は……違うか……えっと、だから、その……」


 どちらかといえばハッキリしたタイプの望月さんにしては珍しく、歯切れが悪く、しどろもどろになっているようで。


 そんな彼女が、辛うじて紡ぎ出した言い訳は。


「……四文字、だし……さん、も入れたら、六文字だし……」


 半ば言いがかりめいた望月さん(六文字)の言い分に、思わずココアを吹き出してしまいそうになるも、辛うじて堪える。


 聡い彼女は笑いそうなボクに気付いているのか、少しだけムッとしていたけれど、黙って返事を待っていた。


 ただ少しだけボクにも悪戯心が湧き――〝そうでもないよ〟と答えてみる。だって実際、〝さん〟を入れて六文字が五文字になるくらいで、呼びやすさにそこまで違いはないし。


 とはいえ望月さんは、ボクの答えが当然ながらお気に召さなかったようで、明らかな不満を示すようにそっぽを向いた。


「ふんっ。もういいわよ……もうっ」


 けれど『モノサシ』が長くなることもなくて、それを何だか微笑ましく思いながら。



 ボクは彼女を〝夕奈さん〟と呼んだ。



「! …………」


 ……暫く、無言の時間が続いたけれど。


 そっぽを向いていた彼女が、横顔だけ向けてきて。


 ボクの方は見ず、視線を真っ直ぐにしたまま、頬を赤らめて。


「………う、うん」


 ぽつりと漏らした短い声に、ついにボクが失笑してしまうと。


「な、なにを笑っているのよ……ばか。」


 またもそっぽを向いた彼女は、耳まで赤くなっていたけれど。



 ボクと彼女の間の『モノサシ』は――また、短くなっていた。

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