3.『モノサシ』は、少しずつ


 それはもう、覚悟の上だったけれど、望月さんには全く相手にされず。

 彼女は聞き違いのようにそっぽを向いて、初日は一人で帰って行った。


 でも、それくらいは想定内。また同じような、放課後の教室で二人きりになった時、ボクは懲りもせず声をかける。


〝良かったら一緒に帰らない?〟と――もちろんそのたびに、怪訝な顔をされて。

 それでも『帰らない』と溜め息交じりに返事をくれるようになっただけ、前進だと思う。


 望月さんが図書室で時間を潰す日は、さすがに追いかけてまで声はかけない。

 そんな人、ボクでも怖いし、彼女の『モノサシ』が長くなってしまうのは明白だ。


 だから毎回、声をかけるのは放課後の教室で、二人きりになった時だけ。


 いつも冷たくあしらわれて、それでも心が折れず、こんな無謀な挑戦を繰り返せるのは。


 ボクにだけ見えている『モノサシ』が、長くなっていないからだ(短くもなってないけれど)。


 そうして、〝帰らない?〟と〝帰らない〟の珍妙な攻防を、どれほどだったか繰り返し。


 暫く経ったある日、望月さんは、いつものように溜め息交じりで。


「………校舎の、エントランスまで、なら」


 半ば諦め気味に言った、望月さんの『モノサシ』は――少しだけ、短くなっていた。


 そうして初めて一緒に(エントランスまでだけど)帰った日を境に、ボクと望月さんは、時々一緒に帰るようになっていた。


 彼女が図書室で時間を潰す日は、さすがにボクも遠慮するけれど。


 放課後の教室で二人きりになった時は、〝一緒に帰らない?〟と声をかける、それが定番になってきた頃には。


 時々が、たびたびに、しょっちゅう、と変化していき。


 エントランスまでだったのが、校門までに、分かれ道まで、と距離が伸びて。


 一緒に帰る距離は長くなっているのに、『モノサシ』は短くなっているのが、反比例しているようでおかしかったけれど。


 ボクにしか見えない『モノサシ』のことで笑うと、望月さんは眉をひそめるから、我慢する。



 今となってはほとんど毎日、一緒に帰るようになってきて……そう、毎日。


 ……自惚れてもいいのなら、図書室に行くことがほとんど無くなって、望月さんが放課後の教室で本も読まず、ずっと座っているのは。


 ボクが声をかけるまで、待ってくれている……と、思ってもいいのだろうか。


 見慣れた彼女の後姿と、その間にある、今ではすっかり友達同士の短さになった『モノサシ』を見つめてから、ボクは席を立っていつものように声をかける。


〝望月さん、一緒に帰らない?〟と。

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