2.『望月 夕奈』という彼女


 望月もちづき夕奈ゆうな――望月さんは。


 クラスで窓際の一番前の席に座っていて、人の目を端麗たんれいな容姿をしていた。


 長いストレートの黒髪は、すずやかな顔立ち引き立てるように、静謐な雰囲気を漂わせて。

 大きな目を飾るまなじりは切れ長で、清楚でありつつクールな印象を醸している。


 そしてどことなく、うれいをびている……気がする表情は、本人が何か言わなくとも、やはり他者を引き付けてしまうようで。


 けれど望月さん自身は、人と関わるということに、あまり好意的ではないらしかった。



 ある日の放課後、クラスのムードメイカー的な女子が、望月さんを遊びに誘おうとした時。


『ねえねえ、アタシら帰りにカラオケ行くんだけどさー、望月さんも一緒に――』


『行かない』


『…………』



 また噂で聞いた話では、入学からそれほど経っていないというのに、別のクラスの男子から呼び出されたらしく。


『も、望月さん! 良かったら俺と付き合って……と、友達からでもいいんで――』


『お断りします』


『…………』



 さすがに問題視されたのか、入学から二か月と少しの新入生でも知るほど、おせっかいと有名な生活指導の先生に注意されていたこともあったけれど。


『望月さん、だったわね? アナタちょっと問題よ。そんなツンツンしてたら、友達もできないんじゃない? そんなんじゃこれから先、ひとりぼっちで大変に――』


『私個人の自由だと思います。失礼します』


『…………』



 誰に『モノサシ』を伸ばされようと、望月さんには一切取り付く島もなく。

 一瞬だけ望月さんから伸びた『モノサシ』が槍のように相手を貫いて、すぐさま消えてしまうのが、ボクから見える通例つうれいだった。


 そんなこんなで、望月さんは今日に至るまで、誰とも『モノサシ』を繋がず。


 入学当初の『涼やかな』美人という印象が、『冷ややかな』という評価に転じる頃には、望月さんに話しかけようとする人は、ほとんどいなくなっていた。


 ………………。


 だからこそ、ボク自身、本当にどうかと思うけれど。


 今まで喋ったこともなく、そもそも人との関わりを避けているような、そんな彼女に。



 ボクは今から、話しかけようとしている。



 夕陽の差し込む放課後の教室で、たまたま残っていた望月さんと、二人きり。


 彼女はいつも放課後、図書室や教室で本を読むなどして、遅くまで時間を潰していた。なぜなのか、事情は『モノサシ』と違って計り知れないけれど、話しかける分には助かる。


 ボクの席は窓際の一番後ろで、望月さんの後姿ばかりが印象深い。


 席を立ったボクは、緊張しながらも一歩一歩、彼女へと近づき。



 緊張を押し殺し、声をかけた――〝良かったら一緒に帰らない?〟とシンプルに。



『モノサシ』は、まだ繋がっていない……つまり話しかけられたと、すぐには理解できなかったのだろう。


 そしてようやく意識されたのか、ボクと彼女の『モノサシ』が繋がると。


 ストレートの黒い長髪の、見慣れた後姿が、ゆっくりと振り返ってきて。


 ぽつり、返してきたのは。


「……………は?」


 不審者を見るような視線と、長い長い『モノサシ』が、ボクの体をぐに貫いた。

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