ボクと彼女の0.1㎝モノサシ【短編】

初美陽一

1.心の距離を測る『モノサシ』


 ボクが高校生になった頃、人と人との間に、『』が見えるようになっていた。


 もちろん他の人には見えなくて、それはまあ、最初は何かの病気かと、自分自身を疑いもしたけれど。


 自分以外には見えないから説明もできないし、理解も得られないだろう――とはいえ別に実害もなくて、これはこれで便利だから、治す必要性も特に感じなかった。



 どうやらこの『モノサシ』は、人と人との『心の距離』を示しているらしい。



『心の距離が近いほどモノサシは短く』……仲が良かったり、好き合っていたり。


『心の距離が遠いほどモノサシは長く』……仲が悪かったり、嫌い合っていたり。



 自分と他人でも、他人同士でも、互いが意識し合う……大体の場合は会話するくらいの距離感になると、『モノサシ』は突然に現れる。


 普段から喋っている仲の良いクラスメイト同士なら、『モノサシ』はそれなりに短い。大体が20㎝くらい、すごく仲が良くて10㎝くらいだろうか。


 5㎝以下の短さだと、随分と仲が良いということになるから、そういうのは少しドキドキしてしまう。表面上は普通に接していることが大半だから、なおさらだ。


 かと思いきや、にこやかに話している女子同士が、互いの体を貫き合うほど『モノサシ』が長かった時は、色々な意味で痛々しく見える。


 当然〝見えるだけ〟で物理的に刺さってはいないのだけど、見た目はどうしても、痛そうで慣れない。


 ……ボク自身、中学からの友達と思っていた人の『モノサシ』が100㎝くらいの長さで、本当はそんなに嫌われていたのかと、ショックを受けたりしたし……そのせいもあるだろうか。


(案の定、高校が別になってからは丸っきり疎遠そえんとなってしまったし、『モノサシ』は正確だったんだなあ、なんて思い知らされたりもして)


 そんなことがキッカケで、小学校の頃から続けていたサッカーをスッパリとやめてしまった時は、周囲からそれなりに驚かれもしたけれど。


 とにかく、初めは戸惑っていた『モノサシ』だけど、慣れてくれば、人との適切な距離を測るのには本当に便利だった。


 クラスメイトと話をする時は、『モノサシ』が長くならないように(嫌われないように)、言葉を選んで接し。


 逆に『モノサシ』が短くなりそうな時は、何だかボクのほうが物怖ものおじしてしまって、あまり踏み込まないよう会話を早めに終わらせてしまったり、と。我ながら消極的というか、臆病なのかも、と思わなくもないけれど。


 とにかくそうして当たりさわりなく、好かれも嫌われもせず、誰に対しても程よい長さに『モノサシ』を保つことが出来ていた。


〝これくらいが誰にも気兼ねしない〟〝ちょうど良いところ〟という距離感で。


 おかげで高校生になってから二か月と少し、誰に嫌われることもなく、平穏無事へいおんぶじに過ごせていると思う。モノサシの長さから判断する限りは、たぶん。


 ただ、自分から誰かに関わっていく――つまり他人と『モノサシ』を繋げることは、何となくだけど避けていた。


 自分から誰かと『モノサシ』を繋げるのは、何というか、その人の心に一方的に踏み込んでいく行為に思えてしまって。


 まあそれも、こんな『モノサシ』が目で見えるようになったから、つい過剰に意識しているだけな気もするけれど。


 ……でも、自分から『モノサシ』を繋げなかったのは、今までの話。


 ボクには今、クラスで気になっている人がいる。


 それは、誰とも『モノサシ』を繋げない、彼女。



 ――望月もちづき夕奈ゆうなという、クラスメイトのことだ。

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