夢の跡には夢の跡

ジリリリリリッ!!!


閉ざされた部屋の中、けたたましく鳴り響くアラームが耳を劈き、朝の到来を呼び起こす。


「んぁぁぁ!!!もううるさい!!!」


ダアンッ!と叩きつけるように目覚まし時計を止めて、未だに眠気が残る眼を擦る。ぐっしょりと濡れたTシャツが、ひたすらに不快感を催した。

その感覚が嫌な現実を突きつける。


周りを見渡せば、そこにはいつもよく見る整頓された部屋が映った。


(……あぁ、夢かぁ)


思い出すのは昨日のことだ。

───天候を荒らす呪文、出現した龍、吹き抜けた我が家……そして契約。


漫画のような展開に驚きつつも、これが現実なんだと受け止めていた。だがしかし、結局は現実ではなく虚実だったみたいだ。

吹き抜けた我が家は綺麗になってるし、紋章のようなものが刻まれていた右腕はまっさらで、何事も無かったように血の色が通っている。


ぶっちゃけ言おう、めちゃくちゃ残念だ。

夢オチかよォ!と言ってやりたい。いやほんと、今更夢オチなんて流行らないんだよ!


「はぁ……もういいや、学校行こ」


少し落胆しながらシャワーを済ませて、バターを塗ったパンを頬張る。我ながらなかなかの出来である。


制服に着替えて、荷物を軽くまとめ、学校に向けて出発した。


学校までの道のりは特に何も無い直線だ。たまに交差点があったりするが、交通量はさほど多くない。

徒歩10分の近さは伊達じゃないのだ。


「ふぁ〜あ、眠い……」


昨日の変な夢を見たせいか、かなり寝不足だ。なんならちょっと筋肉痛だし。でもまぁ、いい夢見れたってことで今後はもう考えないようにしよう。


『にゃっ』


「……ん?あ、猫ちゃんか」


欠伸を噛み殺しながら交差点の信号機を待っていると、僕の近くに白い猫がお座りをしていた。いつそこにいたのか分からない、愛らしい猫。


(なんかご利益ありそうだな)


なんて呑気なことを考えてながら、猫ちゃんを眺めていると───いきなり猫が走り出した。


その先には、未だに赤色から変わらない横断歩道と行き交う無数の車。


「あっ、猫ちゃん!?」


飛び出した猫ちゃんを見て思わず一歩踏み出す……が、肝心のもう一歩はとても重く感じた。


そりゃそうだよ、だって僕は何の力もないただのパンピー中学生だ。

ただ人よりちょっと頭がいいからって、今この場面では猫ちゃんを救うためのキーにはならない。


つまり、役に立たない木偶の坊と一緒だ。このままもう一歩を踏み出してもきっと、僕は猫ちゃんと一緒に無駄死にするか、猫ちゃんが奇跡的に避けて僕だけが死ぬか。運が良ければ骨折で済むかもしれないが、ここで猫のために僕は命を差し出す覚悟はあるのだろうか?


無論、答えは既に出ていた。


(そんなの、ある───)


「───あるに決まってるだろ!!!」


重りになる鞄を投げ捨てて、駆け出す。

僕の視界では、高速で行き交う車と横断歩道を渡る猫の姿がかなりゆっくりに感じた。


まるで自分が風になったように、凄まじいスピードで猫目掛けて歩みを進める。

目測じゃ絶対に間に合わないと思っていたはずの猫との距離がグングンと縮まり、いつの間にか猫の背後にまで迫っている。


車が僕を轢くまいと避けているようだが、何故か僕にはこの時、世界が止まってるように見えた。


(これなら───ギリギリいけるっ!)


危機一髪とはまさにこのことだろう。

あと少し走り出すのが遅かったら、猫ちゃんが犠牲になっていたのは明白な程ギリギリの距離まで接近していたトラックから、すんでのところで救い出した。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……死ぬがど思っだぁ」


息も絶え絶え。轢かれてないはずなのに、もはや死にかけになりつつある僕の腕には、可愛らしい白い猫がちょこんと頭だけ出していた。


『にゃぁん』


「……こ、こいつッ!危うく死ぬところだったのに……まぁいいや、次からは気をつけるんだぞー?」


先程までの危機的状況から一転、気が抜ける鳴き声と共に猫が僕の胸元からひょいっと飛び上がると、そのまま此方も見ずにどこかへ消えていった。


どうやら自分が危なかったことすら気付いていなかったらしい。


猫は気楽でいいよなぁ、なんて考えながら、放り投げた荷物を取るために後ろを振り返り───そこには、巨大な白猫がいた。


「は?」


瞬間、僕の思考は猫で埋めつくされた。


(わったふぁっく?)


なんていうことでしょう……という口上とともに、お馴染みの音楽が脳内の駆け巡る。

これがホントのビフォーアフター?


いやいや、だとしてもいきなり大きくなりすぎじゃない?


疑問は尽きない。


『助けてくれてありがとうにゃ』


メーデー、こちら珊瑚。大変なことになった。

猫が喋りだしたんだけど……これは夢?

ていうかなんかデジャブ……。


「えっ?あ、は、はい。どうも?」


『謙虚なやつだにゃあ』


「いや、何も言ってないです」


『ここまで来て謙遜にゃあ?流石カンナカムイ様の加護者プロテクターにゃ』


「だから謙遜なんて……え?今カンナカムイって……」


(カンナカムイ……、どこかで聞いたことがある気がする)


カンナカムイ、という名前に自分でも何故か引っ掛かりを覚える。何故だろう、聞いたことはないはずなのに、聞いたことがあるような気がする。


そんな僕の様子を見て疑問に思ったのか、再び猫様(なんか神様っぽいので様付け)が語り出した。


『んにゃ?聞き覚えないにゃ?……にゃあー、もしかすると記憶が曖昧にゃのかもしれないにゃね』


「記憶が曖昧……ですか?それなら昨日の夜、でっかい龍が僕の家めがけて突撃してきて、契約がうんぬんかんぬんみたいな話をした夢を見ましたけど」


『ッ!それにゃよ!てか夢って何だにゃ。思いっきり現実にゃ。おみゃーはカンナカムイ様と契約して生き残った人間……人間?にゃ!』


「ってことは、夢じゃ……ないんですね?」


と、僕が確認を求めるように猫様を見上げると、こくりと頷いた。

それが意味するのは……昨日、本当に僕は魔法を使い、しかも何故か記憶が無いけど契約が成功?したってことである!


身体能力が上がるって言ってたけど、まさか自動車が止まって見えるほどだとは思ってなかったのは驚きだし、普通じゃ有り得ない速度で白猫を助けられたのもこのお陰ってことか。


でもそうか、あの雷龍様?はカンナカムイって言うのか。


僕には名前を教えてくれなかったから反応できなかったけど、単に僕が忘れてるだけなのかもしれない。


兎も角として、僕は魔法を使えるし、身体能力もありえないくらい上がっているということだ。


「やっぱり夢じゃなかっ『にゃけどおみゃあはもしかしたら信じないかもしれないにゃ。だから特別に吾輩の加護も与えてやるにゃあ』……え?」


僕が夢じゃなかったことに喜びを噛み締めていると、目の前の猫様が突然加護を与えると言い出した。

また良い感じの加護を貰えるのか!とワクワクする気持ちとは裏腹に何故か、危険だという警告音が脳内で鳴り響く。


(だ、大丈夫だよね?)


「じゃあ、お、お願いします!」


嫌な予感がしつつも、期待をよせながら猫様を見つめる。


『にゃっふっふっ、いいにゃよ!吾輩の加護を見せてやるにゃ!』


「はい!ドンと来てください!」


そういうや否や、むむむとうなり出した猫様。

こうして見るとマスコット的な可愛さがあるというか、小さければ撫でたくなるというか。


少なくとも、こんなに大きくなければただの可愛い猫に収まりそうである。


『できたにゃ!』


「あ、ほんとですか?……でも、そんなに変化がないような」


『当たり前にゃ!カンナカムイ様と比べるにゃ!』


「ご、ごめんなさい。ちなみにどんな能力なんですか?」


『にゃっふっふ……それはにゃあ』


今思うと、僕の嫌な予感は的中していた。


『お空の旅へごあんにゃーい』


なぜなら。


「へっ?……えぇぇぇぇーーーーーー!?!?」


───僕の体が、はるか上空まで吹き飛ばされたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現代で魔法が使えてしまった男子高生の話 羽消しゴム @rutoruto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ