加護を与えて夢の跡

あ、死ぬ。

窓を隔てて数メートルもない距離で鎮座する大きな龍と視線を交わし合いながら、僕は自分の死を悟った。

完全に目と目が合っている。


(藍玉あいだま 珊瑚さんご14歳・・・・・・いい人生だったなぁ。あぁ、来世はどうか彼女が出来ますように)


遭遇したことの無い命の危機に、助かるかどうかより来世にかけてしまうくらいには、錯乱してしまっているのが自分でも分かる。

その実、逃げようとしても体が言うことを聞かないのである。つまり蛇に睨まれたカエルのように、僕は襲い来る驚異に対抗する手段を持たない。


「終わった・・・・・・」


人生終了ゲームオーバーだ。


そうして、僕は腹を括って目を閉じた。きっと数分もしないうちに僕は頭からパックリいかれてお陀仏だ。

どうか痛くありませんように、と僕は必死に神様に祈った。


───違和感に気づいたのは、神様に祈り続けて数分が経過した頃だ。


(・・・・・・あれ?襲われない?)


数分もしないうちに襲われてしまうだろうなと半ば確信していたものの、身構えていた衝撃は来なかった。

その事実に気付き、閉じていた目をゆっくりと開ける。


まだいた。


相変わらずジーッとこちらを見つめている。めっちゃ不気味だしなんか怖い。襲うなら襲うではやく襲ってくれた方がいいし、襲わないならそれが一番である。


もしかしてコイツ、襲うと襲われないの間で慌てふためく人を見て悦に浸るタイプのドSか?と完全に喧嘩を売ってしまうような考えが脳をよぎるのは仕方ないと思う。


しばらくの膠着状態の末、我ながら僕はとち狂った行動に出た。


「は、ハロー?」


蛇に睨まれた蛙側なのにも関わらず、何故か話しかけてしまったのだ。

しかも自分自身ですら大して理解していない英語でだ。


ずばりアホである。


今更ながら失敗したと思った。どこの世界に龍と対話しようとして、自分が理解出来てない言語で話しかける馬鹿がいるのだろうか?

いや、ここにいるんだけどね?


しかしどうやら、僕が必死に祈った願いが神様に届いたらしい。

僕が話し掛けると龍は長い首をもたげて、金色の何でも切れそうなくらいに巨大な凶爪を僕目掛けて振り下ろした。


襲い来るだろう衝撃に思わず目を閉じる・・・・・・が、追撃はなかった。


再び目を開けて見ればそこには、僕の部屋の壁が崩れて吹き抜けになっていた。下の階と上の階、そして隣人の人達に被害が向いてないかは心配だが、僕はあまりの出来事に放心していた。


そんな僕に、龍は振り下ろした凶爪をしまって口を開け───喋りだした。


『やぁ、こんばんは。手荒い真似をしてごめんね』


「・・・・・・へっ!?あ、いえいえそんな!もう龍様に壊しもらえるなんて光栄です!むしろ全部壊しちゃってください」


急に喋りだした龍の優しげな声色から放たれた言語は、どこからどう聞いても日本語だった。しかもかなり流暢である。僕は龍が日本語を喋るというショッキングなシーンを目撃して気を失いかけるも、何とか堪えた。


思わず保身に入ってしまったのはしょうがないだろう。

犠牲になる上と下の階、そして隣人にはご冥福をお祈りするしかない。


『そ、そうか・・・まぁいいや。ところで、この惨状を引き起こしたのは君だよね?』


「はい?なんのことでしょうか?」


聞かれたことへの意味がわからずに、思わず敬語で聞き返す。

その反応に龍は、ちょっと呆れた(ように見える)表情をした。


『・・・・・・どうやら分かってないみたいだね。いいかい?そもそもボクがこうして出てきたのには理由があるんだ、分かるかい?』


「僕に召喚されたからじゃないんですか?」


『召喚!?ボクが君に!?』


「違うんですか?雷よ降れっ!て願ってたら、何故か龍様が出てきたのできっとそうだと思ってたんですけど・・・・・・」


『なんで君が雷が降ることを願ったのかは分からないけど、それだよそれ。ボクが現れたのは、その君の願いが原因なんだ』


「は、はぁ・・・・・・つまり?」


『君が魔法を使ったってことだ。それも禁忌レベルのね』


・・・・・・なんだって?

僕が魔法を使ったと、そういったんだろうかこの龍は。

ってことはつまり、この前の雷や今の天気も僕が引き起こしたってことになるんじゃないか?


しかも禁忌って、もしかして僕、とんでもないやらかしをしてしまったんじゃ・・・・・・。


『ようやく気づいたって顔だね。そう、君がこの天気を生み出した張本人だ』


「・・・・・・じゃあ、貴方はなんで出てきたんですか?」


『ボクかい?そうだね、説明すると長くなるから省くけど、魔法みたいな禁忌からこの世界を守る守護獣みたいなモノと思ってもらっていい』


魔法ってそんな守護獣みたいな人が出てきちゃうくらい危ないモノなの!?

いやまぁ、僕がこの天気を引き起こしたくらいだからかなり危険なことは分かるけど、こんな厳つい龍が出てきたらそりゃ誰も使わないよ!?


『驚いた顔してるけど、そもそも魔法自体禁忌だからね。本来は生まれちゃいけない代物だし』


「マジですか?僕知らずに使っちゃったんですけど・・・・・・アウトですかね?」


『アウトだよ。思いっきりアウト』


「えと、殺されちゃいます?」


これ、僕死んじゃうやつでは?

あぁ・・・・・・ごめん母さん。僕先に天国で待ってます。


でもどうか、遺品整理する時は手が滑って思いっきりパソコンを床に叩きつけて下さい。内部のデータは見ないでください。社会的に死にます。


『そう、君の予想通り本当はここで殺すんだけど・・・・・・君に提案がある』


「提案・・・・・・ですか?」


『あぁ、ここで大人しくボクに殺されるか───ボクの加護を受けて生き長らえるか』


野ざらしになった部屋と共に体を濡らしながら、僕は龍の提案をきいて逡巡する。

もしかしたら、この人(?)が言ってることは嘘かもしれないし、実は盛大なドッキリの可能性ももしかしたらある。

前半にはこんなに強大な存在がわざわざ嘘つく必要ないし、後半は僕にそこまで壮大なドッキリをする理由なんてないからほぼありえないんだけどね。


だから、僕はすぐに結論を出した。


「加護でおねがいします」


『判断が早いね!?ま、まぁ生きようとするのはいい事だけどさ』


龍は驚いた声色で目を大きくさせつつ、どこか穏やかな様子で僕を見つける。

やめてください、貴方からしたら優しい目をしてるかも知れませんけど、見つめられるとめっちゃ怖いです。


そんな僕を知って知らずか、再び龍は語り出した。


『それじゃ、耐えてね』


不穏な言葉と共に、突如右腕に激痛が走った。


「・・・・・・ッ!?ァァァアアアア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!?!?」


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!


まるで血管という血管を、針金がグリグリと押し進めて廻っているような感覚が右腕を襲う。


痛みのあまり意識が飛びそうになるのを必死にこらえて、這いつくばりながら痛みが過ぎ去るのを待つ。

さっきの龍は耐えてと言っていた。


それが痛みに耐えてという意味か、それとも気絶するなという意味か分からないけど、ともかくこの死んだ方がマシな痛みを耐えきらないといけないのは間違いないだろう。


だがこれはあまりにも痛すぎるってぇ・・・・・・下手したらショック(;゚Д゚)!死とかで死んでしまいそうだ。


数十分・・・・・・いや、数時間や数十時間にも感じるほどの激痛の波は、時間の感覚が狂ってしまうほどに強烈だった。

だからだろうか、痛みが引いていくのがとても遅く感じた。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」


しばらくして息も絶え絶えになった頃、とうに右腕の痛みは消え失せていた。空を見上げればまだ暗いままだ。どうやらさほど時間は経っていないらしい。


そして、気付く。


「なんだ───これ」


僕が右腕の違和感に気付いて視線を右腕に向け、その光景に思わず絶句した。


爪の先から肩の辺りまで、右腕全体にかけて黒い紋様が浮き出ていた。そしてそれは生きているかのように脈動し、どこかおぞましさを感じさせる風貌になっていた。

紋様は腕全体に雷が走ったような形状になっていて、非常にグロテスクだ。


『完了したようだね。それが、ボクが君に授けた加護。祝福だよ』


「これが・・・・・・ですか?」


これが祝福?なんの冗談か分からないけど、明らかに呪いとか呪術とかそこら辺のものに感じてしまうのは気のせいだろうか?


『そう、祝福。これがあると、君は魔法に制限が掛かって今みたいな天候の操作が出来なくなる。そして、魔法で体に影響を与えないように身体能力が上がる代物さ』


「・・・・・・本当に加護なんですね。ありがとうございます」


この人(?)の話からすると、周りに被害を与えないように勝手に抑えつつ、僕の身体にも被害が及ばないように身体能力を底上げして守ってくれるスグレモノのカゴを与えてくれたらしい。


見た目は邪神とか死神が持ってそうな類いだけど、ちゃんと僕を護ってくれるモノだ。


でも疑問が残る。

何故そこまでして僕を助けてくれたのか、そしてそもそもなぜ僕が魔法を使えたのか。


『ん、悪いけど今はその質問には答えられない』


「えっ、なんで分かったんですか!?」


『ボクが君に与えた加護だからね。加護を通して君の考えがわかるのさ』


・・・・・・てことは、アレだ。

邪神っぽいとか、死神っぽいなんて考えても筒抜けだったってことだろうか?


『いえす』


「すみませんでしたァーーーー!!」


『許してあげる。まぁ、気持ちはわからんでもないしね。取り敢えず詳しいことはまた今度教えてあげるから、次会う時までにボクの加護を活用して魔法を制御しておいてね』


「制御ですか?いったいどうやって」


『悪いけどそれも教えられない、というか分からないに近いかな。魔法自体は大昔に危険すぎて滅ぼされた代物だからね・・・・・・おかげで君以外に使える人はいないんだ。だから君自身が覚えるしかない』


「ちなみに・・・・・・制御するのに失敗したら?」


僕が恐る恐る聞くと、紅白の巨龍はニヤリと笑ってこう言った。


『死ぬ、ただそれだけさ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る