カレシのフリする理由


突然のカレシのフリを頼まれて数日後、永吉さんととある約束をし、待ち合わせ場所にやってくる。


「だから、その、困りますってば」


SE///ガヤガヤとした街の音。


喧騒の中からいつもとは違う永吉さんのか細く助けを求めている声が聞こえてくる。急がなければいけない、速歩で声のする方に向かうと、男の人を前にして困っている永吉さんの姿が見えた。


SE///靴の音、速歩。


「あっ」


永吉さんを困らせてる相手に遠慮する事は無いッ、二人の間にそのままの速度で割り入る。見た目大学生くらいの言っては悪いが軽薄そうな男性にひと睨みされ縮み上がりそうになるが後ろの永吉さんが服を強く掴んで震えている様子に、彼女を怖がらせたのが許せないという気持ちが勝り、勇気を持って強く睨み返す。


「これでわかったでしょっ、ボクのカレシ来たんでッ」


永吉さんもこちらの身体越しから強く声を上げると軽薄そうな男の人は舌打ちひとつして退散してゆく。


「はああぁぁっ、怖かったぁ……もう、遅いようお兄さん」


後ろで安心しきった永吉さんの絞り出された溜め息の漏らしに本当に怖かった事がわかる。待ち合わせより早い時間ではあるが、それでもこちらが遅く到着してしまった事を申し訳なく思って頭を下げる。


「わっ、いいよっ。そんな頭下げなくてッ、安心した、ありがとうって意味の遅いよだからっ。うーんでも、責めちゃったみたいに感じちゃったなら──わあっだからまた謝らないでよ今度はお兄さんがボクを困らせ殺す気だなっ」


いや、そんなつもりは無いと頭を上げると永吉さんはニンマリとしたちょっとイタズラな安心する笑顔を綻ばせる。


「冗談ジョーダン。でも、あらためてありがとうね。お兄さんが助けに来てくれてホッとしたのは本当なんだから」


イタズラ笑みな永吉さんの姿を見て、なんだか別な可愛さを感じるなとマジマジと見つめてしまう。


「な、なんだよお兄さん。え、ボク、なんか変かな?」


見すぎてしまったせいだろうか、永吉さんは少しションボリとした顔をして、紺色のを摘んだ。今日の永吉さんはボーイッシュ系な服装に可愛さのオシャレアクセントを入れたスカート姿だ。お化粧も少し変えているようで正直、目を離すのが難しいほどに今の彼女は究極に魅力的だ。思わず可愛いよとってもと口から素直な言葉が零れた。


「か、可愛いていったッ。 ぃへ、そ、そっかぁ、えへへぇ、褒めてくれてありがとね。これ、タックスカートていうんだけどさ。お気に入りなんだよね。うん、今日はこの子にしてよかったなぁ」


永吉さんはとろけるような笑顔で両裾を摘んでポーズを決める。その茶目っ気な仕草も更に可愛いさをくすぐる。


「でも、この格好のおかげで今日はイヤな人にも声かけられちゃったんだよね。ホントはね、いつもは野球帽と男物メンズファッションで隠してるから声かけられる事も少ないんだけどさぁ。あの、実はね、前からちょくちょくラーメンの列に並んでたらああゆう人に絡まれてたんだよ。こっちは楽しみなラーメンに真剣になりたいのにさ、ラーメンに向き合わずにナンパ目的で列に割り込んでくるなんてラオタラーメンオタクとして絶対に許せないよ。他の並んでるお客さんにも迷惑かけちゃうし。だからね、ボクはラーメンに並ぶ時は、ちょっとだけでも防衛になるように男物に身を包むって決めてるんだよね」


なるほど、永吉さんが男物を着る理由がよく分かった。初めて会った時に素っ気ない塩な対応されたのもそういうナンパ男から身を守るための防衛策のひとつだったのだと。大好きなラーメンの前にあんな事でイヤな思いをするなんて、永吉さんには我慢できない筈だ。しかし、そのポリシーを曲げてまで今日は素敵なスカート姿で来てくれたのは何故なんだろう。こちらとしては嬉しいかぎりではあるのだが。


「ぇ、何故ってそれは……そうだ、うんっ」


永吉さんは一瞬口ごもってから大きく頷き、人差し指を立て理由を説明した。


「ボクが私服スカートを履いている理由はただひとつ。お兄さんにカレシのフリをしてもらうお願いと関わっているてことっ。さあっ、あとは分かるよねッ」


あぁ、なるほど言っている意味はよくわかったよと頷く。本当はよくわかってはいないのだが。


「そうだよ、カップル限定でしか食べられない宇月亭うつきていの特別カップルラーメンを食べるためにお兄さんに限定カレシになってもらうんだよ今日はッ」


なんだか慌てているように見えるのは気のせいだろうが、永吉さんの言っている言葉の強さは本当だろう。


「宇月亭の特別カップルラーメン。月に一度のカップルデーをやっていてその日だけの特別なラーメンを提供してくれる。お店の半分もカップル専用席にするくらいの徹底ぶりなんだよね。いつかは食べたいとは思ってたけど、恋人なんて全然できる気がしないし、男友達もいないボクにとっては最難関なラーメンだったんだよね。最近は女の子同士の恋人も受け入れられてるけど、生憎ボクの女子のお友だちはみんなラーメンがそこまで好きじゃないんだよね。だから、お兄さんとちょっと親しくなった時にチャンスだと思ってお願いしてみたんだ。お兄さんもラーメン大好きみたいだしさ気も合うじゃない」


お願いされた時に出会ったのは二回目のはずだが永吉さんが親しいと思ってくれたのならこんなに嬉しい事はない。もちろん、ラーメンも大好きだ。それに恋人のフリという形はどうあれ、彼女とデートっぽい気分を味わえるのだ。こっちにとっては役得しかないとOKをして今日に至るわけだ。


「それじゃ、さっそく宇月亭に向かおう。カップルでラーメンなんてそんなに多くないだろうし、そこまで待つ行列もできて無いと思うんだッ。ふんふふ~っ」


永吉さんはワクワク楽しそうに歩き出し、その後に続いた。本当に楽しみにしてたんだなって事がよくわかる跳ねるような後ろ姿だ。


SE///ガヤガヤとした人の声。


「えぇッ」


宇月亭の前には結構な男女の行列ができていた。こちらが思うよりもカップルでラーメンを求めるラーメン好きカップルは多かったようだ。というより、これはカップル専用としてお店の人が列整理をしているようである。


「ああっ、特別カップルラーメンは数量限定なんだよッ。無くなったら困っちゃう。並ぼうっ」


永吉さんは急いで最後尾へと早歩きで向かい、こちらも後に続くのだった。




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