Track05.ボクたちの耳かきには必須の(手作り綿棒・右)


「さて、まだ仕上げが残っているね」

「もう少しだけそのままで待ってて、準備する。爪楊枝と……脱脂綿」

「あと、申し訳ないけどまた反対側を向いてくれるかい? ……ありがとう」


//SE 寝返りする音、同時に机上の爪楊枝と脱脂綿の容器を開けて、中身を取り出す音


「指で摘まめる程度の脱脂綿を取る」//ちょっと説明口調


//SE 脱脂綿をちぎる音


「爪楊枝のお尻の溝に引っ掛けながら絡めて、巻き付けながら軽ーく押し固める」//説明口調続き


「くるくる……ぎゅっぎゅっ」//SE 手作り綿棒の作成音


「ふわふわの手作り綿棒の完成っと。現在、一般的に使われる物のご先祖さま、ないしオリジナルにあたる物」


「今のボクたちが耳かきするならこれがないとね。最初は使っていなかったけど、中三の終わり頃から欠かせなくなった」

「……少し眉根が寄ってしまってるよ、心配させてしまったかな?」//申し訳なさそうに

「……当時はしんどかったけど、今では割といい思い出でもあるんだって。ボクはもう大丈夫だよ。」

「キミのおかげで……ね!」//わざとらしく、明るく


「始めるよ。いつも通り、浅めの所を」

「軽く息を吹きかけたりもするよ」


//SE (継続開始)手作り綿棒の音(浅め)



「ふわふわー……。ふわっ、ふわわー……」//呟く


「ふぅー……。ふぅー……」//息吹き


「ふわわー……。ふぅー……」//呟きと息吹き



「初めてコレをキミに使ってあげた時には、保健室の備品を拝借して作った」//後悔や自嘲は既に通り越した。ただ平坦に語る

「後で新品を足しておいて、問題なかったけどね」


「保健室登校中のボクの所に来てくれたキミに、耳かき棒の準備とかも全くないまま耳かきするって言い迫った挙句の果て」

「おばあちゃんとの思い出に頼ってなんとか作った物」

「手作り綿棒がキミの好評を頂けたのは幸いだった。大体の場合は、取り繕うとして無様な有様を晒していたからね」


「あの間、キミは何も聞かないでずっと傍にいてくれた……無神経にボクの傷口へ手を突っ込むようなことをせず、それでもボクの孤独を癒せるように」

「おかげさまで、思い出話として振り返れるぐらいにはなれたよ」



「ふっ、ふふぅー……」//息吹き



「小学生の高学年ぐらいには薄々感じていたけれど……『ボク』なんて一人称の女子はどうしても浮いてしまう存在だ」

「中学生になって暫くしても友達なんかいなくて、完全にぼっちだった」


「ボク自身にも周りと馴染もうとする気がなくて気にしないつもりでいた。虐めじゃないから実害もなく、放課後はキミと過ごせるし別にいいかなって」


「学校では淡々と授業を受けてただけなのが逆によかったのか、勉強では困らず模試の結果も概ね良好だった」

「中三の三学期が始まるまでそんな調子だったら、もう少しは持ちそうなのにね」


「冬休み明けに受けた私立にも手応えを感じて、後は余裕な公立だけだーって気が抜けてきた次の日の朝、教室に入ろうと扉に手をかけて……開けることが出来なかった」

「もう疲れた、取り敢えず出席日数は足りてるはず、これ以上頑張る必要はあるのか……とか」

「そういう思いが頭の中でぐるぐる回り始めて眩暈までしてきて、たまたま体調を崩したんだろうって自分を誤魔化して保健室に行ったんだ」


//SE (継続終了)手作り綿棒の音(浅め)



「ふぅー……、ふふー……」//息吹き、細く長め



「問題解決済みの思い出話だよ、深く何かを考えたり暗い気持ちで聞く必要はない」//優しく知らせるように

「聞き流してもらうくらいで、丁度いいぐらいだから」

「深めの所に移るね、少しくるくる回転させたりもするよ」


//SE (継続開始)手作り綿棒の音(深め)



「ふわっふわー……。くるっくるくるー……」//呟く


「ふっふー……。ふぅー……」//息吹き、ちょっとリズムを取りながら


「くるくるー……」//呟く



「その後、登下校とか一緒なんだから当たり前だけど、三日もせずに授業を出てないことがキミにバレた」//再び、平坦に語り出す

「正直言って、一番恐れてたことだった。ただキミといったら、なーんにも理由とか突っ込んで聞いてこない」

「だというのに、休み時間の度に保健室に顔を出してくれるし、放課後にクラスメイトと鉢合わせになるのが嫌で時間を潰してた時にも付き合ってくれた」


「当時のボクは、急にメンタルがガタ落ちした影響で。焦って少しでも早くお礼がしたくて、取り敢えず思い付いたのが耳かきだった」

「提案した後で、棚の中の脱脂綿と電気ポット付近の爪楊枝を見つけて」

「そしたら、思いのほか気に入ってくれて。いつも見てた表情で、気を遣った訳じゃなくて本当に気持ちよかったって言葉も素直に受け止められた」



「ふっふっー……、ふっふぅー……」//息吹き



「それでようやく、初めてキミに弱音を吐き出せた。ぐちゃぐちゃで整理出来ずに全部ぶちまけてしまって困惑させたと思う」

「なのにキミは、保健室登校だろうが不登校の引きこもりだろうが一緒に付き合ってやるなんて言いだして」

「家にいるのも辛くなったらどっか家出とかしようぜ、なんて……」


「ボクが勝手に抱えて、解決するのを投げ出した問題をなのに……ボクごと抱えて支えようとしてくれていた」

「キミの言葉を聞いた時に気付けたのだけど、キミとの時間の中でボクは、キミが作ってくれた逃げ場所を信じられるぐらいには精神状態を取り戻せていた」


「結局、なんとか教室の隅でじっとしていられるくらいにはなって……卒業まで耐えることが出来た」

「高校に入ってからは周囲に馴染むことを頑張ってみた。順調にいったとは言い難いけれど、友達ゼロ人ではなくなった」


「その過程で真っ先に『ボク』という一人称を封印した。いつしか家族の前でも使わなくなっていた」


「キミ専用の『ボク』になった」//普段通りの、穏やかな口調に戻る


//SE (継続終了)手作り綿棒の音(深め)


「最後にもう一回、息を吹きかけていくね」



「ふぅー……。ふぅー……」//息吹き、細く長め



「おしまい……だよー。……反応がない……」//不満とかはなく、純粋に分析している


「……はむっ」//耳たぶを軽く咥える


「あっ動いた。少しは驚いた?」//悪戯に成功して満足

「大したことしてないって、唇で挟んだだけだよ。動いてくれないのでつい悪戯を……」


「えーと……そんなに嫌だった!? だったらごめんね……!?」//本当に申し訳なさそうに

「……んーっと、やったボクもアレだけど、嫌じゃないってはっきり言っちゃうキミも結構すごいよ?」//呆れながら、喜色を隠せない


「んんっ、改めまして。反対側を向いてくれる?」



「……舐めたりはまだ早いか……」//こっそり、ぼそっと


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