Track04.小さい頃から変わらないこと(煤竹耳かき・左)


「それじゃあ反対にごろーんってしてね、ごろーん」


//SE 寝返りする音


「ふふっ、髪の毛がちょっとくすぐったい」//笑みを零す


「お腹側に向かれても気にしなくなったというか、慣れちゃったというか。そうなったのっていつぐらいだったかな」//無防備に、何でもないことのように

「仮にも女の子なんだ、全く対策してなかった訳じゃないよ。身だしなみの範囲内だって言われたら反論しにくいけど」


「あまり気にし過ぎても……というか。だらしなくてもいいとは思わないけど」

「キミとは気兼ねない間柄でいたいから。もうキミになら嗅がれちゃってもいいやーって割り切っているよ」


//SE 衣擦れの音、身じろぎする音


「……感想を貰いたい訳じゃないんだけど。まあ、お褒め頂き恐縮です……というのもなんか違うよね、突然何を言い出すのかい本当に……っ!」//流石に恥じらいを見せる

「照れてないってば!……ったく、すぐ調子に乗る。そういう所は小さな頃から変わってないね。すぐ揶揄からかってくる」//軽く怒ってみせる


「本気で嫌なことはやらないって知ってるから、別に心配はしていないけど」//注意する

「それでも!他所でこんなことやったら駄目だよ。分かってるとは思うけど」


「ふぅ……。ん。じゃあ準備はいい? 耳かき入れていくよ」//溜息をついて、気を取り直す

「右と同じく、浅い所をやっていくね」


//SE (継続開始)煤竹耳かきの音(浅め)



「こりこりっ……こりこり……」//呟き



「反対側と同じ強さでやってるつもりだけど、大丈夫かな?」

「……よかった、気持ちよさそう。このまま続けていくね」


「こうやって耳かきをする関係になる前の、ボクたちが一番小さかった頃。引っ越した直後にご挨拶した時の記憶は残ってる?」//ゆっくりと語りだす

「……まあ、ボクも殆ど忘れてしまったのだけどね。ただひとつ、『はじめまして、せいかちゃん』っていうキミの声だけは思い出せる」

「何回か、何十回か……思い返してきた記憶」



「かりっ……かりかり……」//記憶を掘り返す間に、つい漏れてしまう



「その後、まだ友達を作れていなかったボクを誘ってくれたおかげで、キミの友達の男の子連中とも遊ぶようになった」

「だけど、ボクがそいつらになんて呼ばれてたか覚えてる?」


「……正解。女の子のあだ名に『シンゲン』なんて、今から考えても結構酷かったんじゃないかな」//束の間、口を尖らせる

「確かに小学校に入りたての頃は、髪型とか服装もほとんど男の子みたいだったけれども」


辰元たつもとという名字を星辰せいしんの『シン』に元気の『ゲン』で読み替えて、シンゲンシンゲンって呼ばれ始めて」

「あんまり好きな呼ばれ方じゃなかったけどさ、それでも抗議したりして『やっぱりオンナだからこのくらいで嫌がるんだ』ってイジられるかもしれないのが怖かった」


「対抗したくて、乗っかるぐらいの勢いで男の子らしさを自分なりに出し始めた」

「その流れで一人称を「ボク」に変えたのが、いつの間にか自然体として染みついてしまった。……少し驚いたかな?」


//SE (継続停止)煤竹耳かきの音(浅め)


「さて、深い所に移るけどいい?ゆっくり入れていくよ」

「痛かったら我慢しないで。言ってくれたら止めるから」


//SE (継続開始)煤竹耳かきの音(深め)



「ふっ……。んっ……っ……んっ……」//無意識に息が漏れる



「今となっては、ここまで素をさらけ出しちゃうのはキミと二人でいる時ぐらいだけど」

「安心してしまうんだ、キミのそばだと」


「あだ名で呼ばれること自体は、ずっと続いていった」

「家族以外にはたつもとって名字から"たつちゃん"とか。星の花と書いて『せいか』で"ほしちゃん"とか」

「名字とか名前じゃなくてあだ名が多いんだよ。雰囲気が名前とイメージが合わないのか、殆どそのまま呼ばれない」


「だけどキミは、ボクのことを『星花せいか』って名前でずっと呼んでくれる。聞いてもいい?」

「なんで名前で呼んでくれるのか」



「…………」//話を聞いてるうちに、距離感が近づく



「……なるほど。最初はキミの親御さんにちゃんと名前を呼んで挨拶しなさいって躾られたのか」//僅かに声量を落とす

「なかなかお隣さん付き合いが深い者同士だったし、名字で呼んでたらややこしくなっちゃてたとは思うね」


「思い返してみるとキミってさ、慣れてきた頃にはボクの親のことも名前にさん付けで呼んでたね」

「ボクも大体同じだけど。いまどき珍しいぐらいのご近所付き合いだったなぁ」

「キミとボクが同学年でよくお互いの家に行って遊んでたりしたことが、家同士の付き合いにも影響したのは間違いないけど」


「それで、『最初は』って言ったよね。今はどんな理由?」//興味が湧いてくる

「……キミにも独占欲みたいなのがあったんだ。自分だけの特別な呼び方がしたかったということだな?」//前のめりに

「そんなに他人と同じ呼び方が嫌だったのかい?」//心が跳ねている


「あ、ちょっとお耳が赤くなった。ふふっ……仕返しで揶揄からかった訳じゃないよ」//言葉とは裏腹に、満足した様子

「キミに特別に扱われるのは素直に嬉しい。それでもっと追及して聞きたかったんだ」

「ボクにとってキミが特別であるように、キミにとってボクが特別であってくれたら……幸せなんだ」


//SE (継続終了)煤竹耳かきの音(深め)


「奥の方、おしまい。こちらも最後に溝とか窪みを軽く掃除するね」//距離感を戻す


//SE (継続開始)煤竹耳かきの音(耳介部分)



「すーっと、優しくなぞっていってー……」//有声囁き



「ボクが『ボク』でいられる場所というのが、そもそも掛け替えのない大切な物なんだ」//率直に語る

「キミが聞く機会は少なかったと思うけど、高校生になって以降は周囲に溶け込むためにも『ワタシ』という一人称も使い始めた」

「そういう外面そとづらを持つようになった」


「キミがあまり知らなくても仕方がないことだよ、高校の中でそれとなくキミと距離を置いてた理由でもある」

「キミには外面そとづらを見られたり、聞かれたり……知られたくなかった」//後ろめたさを覚えつつ、誤魔化さず

「今は……自分でも落ち着いたのかなと思う。キャンパスとかで外面そとづらモードのままで会う機会もたまに出てきたね」


「もしかして……女の子みたいな喋り方しちゃう『ワタシ』のことも気になるの?」//耳元で囁く。外面そとづらモード。普通の女子大生同士で話しているテンション


//SE (継続終了)煤竹耳かきの音(耳介部分)


「はいストップ。外側の溝の所とはいえ耳かき中だから……」

「そんなに耳元で囁かれてビクってしちゃった? それとも『ワタシ』に違和感があったの?」//『ワタシ』だけ外面そとづらモード。

「悪かったって、ごめんごめん。もうやらないから」


「こっちの耳かきも、これでおしまい。お疲れさま」

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