第31話 第二の人生

「ドレッド様、お久しぶりでございます。」


一連の騒動がおさまってから、国王陛下とふたりでワインを口にしていると、ビクトリア王女殿下が入室してきた。


「お久しぶりです。」


そう答えたのだが、王女殿下は少し驚いたような表情をしていた。


「今思い出したのですが、以前もおふたりでワインを飲まれていませんでしたか?」


「よく覚えていたね。そうだよ、ドレッドとはたまにこうして語り合うことがあるんだ。」


前に王女殿下に同じような場面を見られたのは、地竜ドライアスの討伐に出向く一週間ほど前のことだった。


記憶に残らないよう幻術で顔の印象を曖昧にしておいたはずだったのだが、子供の直感というのは侮れない。解呪に出向いたときに何かの拍子で記憶をたぐりよせた可能性があった。


それは最後の別れになるかもしれないと言って、ヴィンテージワインを彼の執務室に携えたときの日だ。


陛下は「冗談でもやめろ」と真顔で言っていたのを覚えている。そしてそれ以上に真剣な顔で、「ドライアスの討伐が終わったら国の浄化に力を貸して欲しい」と言われたのもそのときだった。


そう。


国王陛下に呪いをかけたのは俺だ。


「万一おまえがドライアス討伐に失敗すれば、そのときは私もこの呪いで死ぬ。この国と私のために必ず戻って来い。」


そう言って、頑なに救済策を設けずに呪いを受けたのは陛下自身である。


彼らしい物言いだと思った。


一国の主としてはどうかと思うが、俺が人間性を信じられる数少ない御仁である。


陛下には先が見えていたのだろう。


地竜ドライアスの討伐後に起こる波乱。そして、それを好機と見なして自らの命をチップにしてギャンブルに出たのだ。


人望はともかく、王弟殿下を推す勢力はそれなりに大きい。そしてそれらはすべて利権絡みなのである。


国の安寧を考えるならば、それらは早期に何とかしなければならない。


俺が地竜ドライアス討伐に向けて研鑽している間に、陛下もまたひそかに牙を研いでいたのである。


敵わないなと改めて思う。


武芸や魔法ならばともかく、人間としての器の大きさは比較にならないだろう。


「ビクトリア殿下、就寝のお時間にございます。」


執事がまだ話したそうな王女殿下をたしなめる。


「残念です。ドレッド様、またゆっくりとお話してください。」


「ええ、もちろん。」


「ではお父様、お先にお休みさせていただきます。」


丁寧な挨拶をした後、ビクトリアは退室した。


「それで、身の振り方は決めたのか?」


「それはまだ何とも。」


「エイル嬢のことはどうするのだ。」


「明日に会って話をするつもりです。」


「その話の結論を聞かせてくれないか。」


プライベートなことに踏み込むなと言いたいが、ともに王家に連なる血統なのだから仕方がないだろう。


「話の流れで決めます。彼女にも心境の変化があるかもしれません。」


「···友人として一言いうぞ。」


「どうぞ。」


「ひとりの女性をそれだけ待たせて、まだそんなことを言っているのか。おまえは確かに強いが、それは戦闘に関してだけだ。もっと相手の気持ちを汲み取ってやれ。」


「ひどい言われようですね。」


「ひどいのはおまえだ。」


こうやって、面と向かって怒ってくるのはこの人くらいのものだろう。


国王陛下の言う通りだとは思う。


しかし、普通の関係とは異なるのが俺に躊躇させているのだ。


「まあ、両家のことなどがつきまとうので···」


「それは問題ないだろう。ギルヴァース公爵家がどう思おうが後見人には私がなる。それにハワード公爵なら問題はないぞ。むしろそれを望んでいるとも思える。」


「俺は混血ですよ。」


「おまえがそれを言うのか。人種の壁を撤廃しようと動いていたのはおまえ自身だろう。」


「確かにそうですね。」


まるで親に諭されている気分だった。不思議と嫌な気分ではなかったが。


「ソロで討伐者などをやっているからといって、貴族と同じような頭の固さになっているわけでもないだろう。それとも、これが市井でいう脳筋という奴なのか?」


ニヤッと笑いながらそういう陛下を見てやれやれと思った。


この人の言うことはいちいち正しい。


俺は怖がっていたのだ。


エイルへの風あたりが強くなったらどうしようかと思っていた。久しぶりに自分自身に情けなさを感じる。


「陛下と話していると羞恥心で悶えそうですよ。」


その言葉に、目の前の御仁は高笑いした。




「ごめんなさい。待たせたわよね?」


エイルとの待ち合わせ場所である。


「いや、気にしなくていい。」


じっと俺を見る視線に気づいた。


「どうかしたか?」


「少し雰囲気が変わったと思って。」


「そうかな。」


「ええ、昔のあなたみたいよ。」


エイルとはつきあいが長い。


公爵家も王家と同じで、係累には早々に婚約者があてがわれたりする。エイルと俺もそうだった。


婚約が決まったのは俺が5歳、エイルが4歳の頃だろうか。もっとも、廃嫡されたときにそれも破棄となったのだが。


「なぜ今まで独り身だったんだ?」


嫌な聞き方だと思った。


こういったときに気の利いた言葉が出ない。


「···私は理想が高いのよ。」


貴族の女性は二十歳を超えるまでに結婚を向かえることが多い。その慣習でいえばエイルは行き遅れといえた。


彼女は他との縁談をすべて断り、今の役職に就いたのである。俺が目的を果たすのを待つために。


「俺はその理想に叶ってるか?」


そういった瞬間、エイルの瞳に涙が浮かんだ。


「これって···夢ではないのよね。」


「長く待たせて悪かった。」


そっとエイルが俺の胸に顔を埋めてきた。


こういったものが普通の幸せというものなのかもしれない。





Fin



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The Revenant ~神聖不可侵の討伐者~ 琥珀 大和 @kohaku-yamato

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