第30話 意外な幕引き
丸一日ほど監視を続けた。
俺が王弟を殺害したという記録が残らないようにするためには、あの野営地に忍び込む必要がある。
警備の隙や巡回のサイクルを頭に刻み、どのように行動するかを思考していく。
極大魔法を放って野営地ごと吹き飛ばすのがもっとも簡単な方法だが、さすがに騎士や兵士ごと消すのは後で問題になるだろう。
そのような魔法を使える者などそれほど多くはないのだから。
ある程度の情報を蓄積し、思考を繰り返しながら何となく野営地を見張っていると慌ただしい動きに目が止まった。
距離が離れているため、視力を強化してその動きを注視する。
中央に位置している一番大きな天幕に、騎士たちが殺到するのが目に入った。
何があったと思った瞬間、近くで他の気配を感じる。
「俺を消しに来たのか?」
気配は姿を現さない。
しかし、人族ではないことがわかった。
抑えてはいるが、内包している魔力の質が異なるのだ。
「待て。敵意はない。」
そう答えた相手が姿を現した。
深くフードを被っているため顔は見えない。
「魔族か。」
突然現れたのは魔族で間違いなかった。しかもかなりの大物のようだ。
ただ、敵意や殺気は感じられないことから対話を求めていることはわかった。
「王弟に雇われた我らの眷属を抑えた。」
「理由は?」
「今のところ、我々はおまえと対立するつもりはない。」
「それを信じろと?」
「信じようとそうでなかろうと関係ない。こちらの意思を伝えておこうと思っただけだ。」
相変わらず何の意思も漂わせずに淡々と話す相手を見て、嘘ではないと思った。
こいつは本気になればそれなりに難敵だろう。
それだけの実力を感じさせるのにわざわざ対話を求めてきたということは、何らかの理由があって敵対はしたくないということだ。
あくまで、今のところはという意味だが。
「あの天幕で何が起きている?」
「王弟がその部下によって殺害された。」
「それはおまえたちがそう仕向けたのではないのか?」
「好きに解釈すればいい。我らの眷属には引き上げるよう厳命した。そちらにとっても都合がいいのではないのか?」
もともと王弟を暗殺するために来たのだ。
こいつらの裁量でそういった結末になるのは確かに都合がいい。
ただ、俺と争うことで自分たちにも被害が出るからといって、そうするような奴らではなかった。
「狙いは何だ?」
「それを教えるつもりはない。我らにも都合があるとだけ言っておこう。」
そう言って、魔族は闇に溶け込むかのように姿と気配を消した。
しばらくの間様子をうかがっていたが、奴はどこかに去って行ったようだ。
魔族が別のもくろみのために、このような動きに出たと警戒する必要はありそうである。
できれば単に俺との戦いを避けたかったという理由であればいいが、そこは何とも言えなかった。
結局、それからさらに野営地の様子をうかがい天幕内の気配を探って見たが、王弟が殺害されたのは事実だと確認できた。
実行犯と思しき騎士が拘束されて外に出てきたのだ。
何とも呆気ない結末ともいえたが、王都での大掃除の結果が伝わって後がないと内紛に至ったのかもしれない。それを魔族が利用して実行を後押しした可能性も含めて幕引きとなった。
やれやれと思いながらも引き返すことにする。
後の処理は数日中に執務に復帰するであろう国王に丸投げすればいい。
そもそも、普段から適当な仕事しかしていない大臣どもも数多くいるのだ。こんなときくらいは額に汗を流しながら激務に追われればいいと思った。
王都に戻った頃には王弟殿下の訃報は市井にも伝わり、喪にふくす雰囲気を感じた。
街中で食事をしていると様々な憶測は飛び交っていたが、やはり王弟へのかつての不評は小さな語り草となっている。
さすがに「亡くなってよかった」と声高に言う者はいなかったが、この様子だとすぐに普段の活気を取り戻すだろう。
王弟の遺体がこちらに送還されれば国葬となるのが慣わしだが、もし裏での悪行や叛逆が公開されればそれも執りやめとなるかもしれない。
あの国王の性格からすれば、死者に鞭打つような真似はせずに葬儀は執り行う気もする。その方が民に余計な不安を与えずに済むからだ。
これで政敵や王座を奪おうとする者はいなくなった。
当代の国王はそのうち賢王と呼ばれるようになるだろう。
経緯はともかく、結果的には良い方向に向かいそうで何よりだった。
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