欲求のピラミッド

西順

欲求のピラミッド

 我々五人の探検隊の眼前にそびえるのは、『欲求のピラミッド』と呼ばれるピラミッド型のダンジョンだ。このダンジョンを最上階である五階までクリアした者は、大量の財宝を手に入れる事が出来ると言う。


 我々は高くそびえるそのピラミッドを見上げる事から目を下に戻し、まずは第一階層から攻略していく事とした。この『欲求のピラミッド』は、数々の探検隊が挑戦しており、その攻略法もある程度分かっているのだ。


『欲求のピラミッド』は、決して外から一足飛びに上階に上がる事が出来ない。いきなり五階へ行く事は不可能となっている。低い階層から一階一階と高い階層に上がっていくしかないのだ。その為、我々探検隊は眼前にて我々の行く手を阻む両開きの扉に手を当て、その扉を開けた。我々五人が中に入った所で、入口の扉が勝手に閉まる。これは分かっていた事で驚きは無かった。


 第一階層は中央に巨大な砂時計がある島だった。こう言ったダンジョンでは外見と中身が違うなど良くある話だ。第一階層は生理的欲求の確保が課題で、生理的欲求とは『食欲』、『排泄欲』、『睡眠欲』など、生物として基本的な欲求を指す。第一階層ではこの生理的欲求の確保が難しいのだ。何せこのダンジョンには、『外から持ち込めるのは服以外に一つだけ』と言うルールがあるからだ。これを破った者は何人であれ、『欲求のピラミッド』に立ち入る事が出来ない。


 我々探検隊はそれぞれ、斧とナイフとファイアスターターとペンとノートを持ち込み、それを使ってサバイバル生活を行う事となっていた。この『欲求のピラミッド』を最上階まで攻略するには何年も掛かり、そして上階に食べ物はほぼ無い。その為にこの第一階層では、日々の食料の確保に加え、上階攻略の為の糧食を確保する必要があったからだ。


 我々探検隊は斧で木々を倒し、ナイフで枝葉を打ち落とし、それで簡単な小屋を造ったり、蔓で枝にナイフを巻き付け即席の槍を作り、それで海を泳ぐ魚や島をうろつく獣を確保したり、睡眠や排泄の時間の確保の為に、交代で見張りをしたり、そうして砂時計の砂が下りきる三年を掛けて、生理的欲求が欠ける事無い時間を確保し、上階攻略の為の干し肉や干し魚、塩漬け、燻製などの糧食を確保し、それらを作っておいたソリに載せて第二階層へと続く坂道を上がっていったのだ。


 第二階層は安全欲求の確保が求められる階層だ。ここは茫漠な荒野で、昼は灼熱、夜は極寒。その上、魔獣が徘徊し、安全を確保するのが難しい階層である。その中央にはまたも巨大な砂時計があり、三年間この第二階層で安全を確保しなければならない。


 有り難い事に我々探検隊には先人たちから聞き及んだ知識がノートに書き込まれており、そのお陰で荒野の一角に洞窟がある事を知っており、そこを拠点として三年間寒暖差や雨露、魔獣の襲撃、探検隊に蔓延する病気をしのぎ、第三階層へとなんとか進む事に成功したのだった。


 第三階層は社会的欲求の確保が課題だ。ここは穏やかな森で、当然のように三年砂時計もある。襲ってくる魔獣もいない。けれど食料となる獣もいない。ただただ穏やかで何もない場所であった。この階層で求められる社会的欲求とは『帰属欲求』である。


 帰属している集団━━この場合、探検隊のメンバーに認められる事が大事となる。つまり三年間誰一人除け者にせず、相手を受け入れ、友愛でもって仲間と接して過ごさなければならないのだが、これがすこぶる難しかった。人間誰しも機嫌の良い日もあれば悪い日もあるのだ。常に友愛を持って隣人と接するのが苦痛な日だってある。それでも隣人を友人として受け入れ、また受け入れて貰う事で、探検隊の結束は固い絆となった実感があった。


 この第三階層をクリアしての第四階層。ここで求められるのは承認欲求だ。他者から尊敬されたい、認められたいと言うあれである。しかもなんとこの階層は個人戦なのだ。第五階層へ続く階段の前にいるスフィンクスを、己がこの階層までにどれだけ活躍したかを詳らかに説明するのが、この階層でやるべき試練だ。そしてスフィンクスにそれが認められれば第五階層に進める。第三階層であれだけ固い絆を結んだと言うのに、我々探検隊の絆は簡単に、脆く崩れた。


 ある者は斧で小屋を造ったと自慢し、ある者はナイフで食料を確保したと自慢し、ある者はファイアスターターが無ければ生きていけなかったと自慢し、ある者はノートの知識で皆を導いたと自慢した。しかしペンを持ってきた者だけは自慢が出来なかった。ペンをノートを持ってきた者に渡していたからだ。


 確かにペンだけでは役に立たない。ノートが無ければ、このダンジョンでは木や石に書いた所で、次の階層に持っていくのも難しい。四人が次々第五階層に進んでいく中、スフィンクスが語り掛ける。


「お前はこのダンジョンで何をしてきたのか」


「私がしてきたのは、小屋を組む時に支えたり、ナイフで解体された獣や魚を、干したり燻製にしたり、ファイアスターターで火を点ける為に燃えやすい素材を探してきたり、ノートを持つ者の知識を実行する為に皆に説明したり、下の第三階層では皆の仲が悪くならないように苦心した」


 ペンを持つ者にスフィンクスは笑顔で頷く。


「それは素晴らしい。お前は他者を支え、他者の為に尽くす事が出来るではないか。それを人間は美徳と呼ぶのだ」


 スフィンクスの言葉に目を覚ましたペンを持つ者は、自分にも出来る事があると胸を張り、その姿にスフィンクスは、ペンを持つ者が第五階層に進む事を認めた。


 最上階である第五階層に、先に進んだ四人の姿は無かった。ここは自己実現欲求の階層だ。潜在的な自分の可能性を追求し、自己実現の達成を目的とした階層。そしてペンを持つ者は既に自分がどのような人間であり、どんな道に進むべきなのかを悟っていた。つまり既に自己実現していたと言える。そしてこの場合、『欲求のピラミッド』は第六の階層へ進む扉を開く。


 第六階層は自己超越の階層。自己超越とは見返りを求めず、ただ己の目的のみに没頭する領域まで己を高めた者を指す。この階層まで足を踏み入れられた者は、『欲求のピラミッド』に挑んだ者の中でも二%程度しかいないと言われている。


 しかしてペンを持つ者が無私無欲の心を持って、利他的行動を行っていたのか。『欲求のピラミッド』はその者を真実の金=自己超越者とは認めず、偽物の金と判断した。探検隊の四人によって強制させられ、真に己から自発的に行動したものではないと判断したのだ。


 これによってペンを持つ者━━私は第六階層より強制的に外部に排出される事となった。大量の財宝である偽物の金=物質としての金とともに。

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