見知らぬ子供の命の値段
九条 柊
掌編
『見知らぬ子どもを、救う気はないか?』
夏真っ盛りの昼下がり、知らない番号からの電話を気まぐれに取ってみたのが間違いだったのだろうか。どうしようもなく突飛で頭を抱えたくなる電話はその一言から始まった。
「宗教の勧誘でしょうか?生憎ですが私は神は信じていないので」
『はははッ!宗教なんかではない、信仰で救われるのは己のみだろう。そんな神秘的な話ではなく俗物的な話さ。…実はな、昨日、オレは子どもを誘拐したんだ』
耳障りな声で男は笑った。不快感に眉を顰めて受話器を置こうとしたところで、聞こえてきた男の言葉に凍りつく。誘拐といったか、この男。
『おれはな、この子どもを、殺してしまおうと思うんだ』
さっきとは打って変わって恐ろしい声だった。思いがけず異様に惹きつけられるようで、私は次の言葉を待ってしまった。
『この子ども、どうやらマコト君って言うらしいんだがね、マコト君を…まぁ明後日ぐらいにはニュースになるような形で殺そうと思うんだ。』
「…何が言いたいんですか?私にマコト君を救ってみろとでも言うつもりですか?」
『その通りさ。察しがいいな。なぁに、難しいことは言わない。ちょっと一万円ばかし払ってくれればいいのさ』
「一万円?子ども一人の命が、一万円?」
『安いと思うか?まぁ顔も知らない、本当にいるのかもわからないマコト君のためにウン千万ウン億万払えというのも無茶だと思ってな。安心しろ、お前以外にもたくさんの人間に電話してるんだ。充分に金は集まるはずさ』
バカげている。本当に払うような奴はそう多くないだろう。大金が集まるはずがない。リスクと労力に対してリターンが小さい。
『もちろん警察には通報するなよ。もし誰かが通報したことにオレが気づいたら、マコト君も、ついでにその時点で集まってる金もパーだからな。マコト君の親にも、ともすれば既に1万円支払ってくださっていた方々にも恨まれるかもしれないな』
「わかってますよ。いいです、私は通報しないし1万円も払います」
聞いてしまった以上、無視はしたくない。その代わりマコト君が実在していようがいまいが、何なら死のうが私には関係ない。私はちゃんと払うんだ。1万円で自分の心の安寧と、もしかしたら子どもの命も救えるのなら安いと思おう。
『話が早くてありがたい。じゃあS駅南口にあるAという古本屋の裏路地奥にそれっぽい箱を置いておく。そこに金を入れといてくれ』
「わかりました。Aって古本屋の裏路地に1万円ですね」
『そうだ。だが、もちろん1万円以上払ってくれても構わないぜ。ちなみに目標金額は…言わないでおこうか』
思わず顔が歪む。電話の男はこちらの気配の変化を感じたのか再び不快に笑い、それから言った。
『まぁよろしく頼むよ』
そして、意外にも丁寧に電話は切られた。
結局私は2万円を払った。おそらく警察も、他のターゲットもいたのかもしれないが特に何も起こることはなく箱にお金を入れて立ち去ることになった。
***
電話が来てから今日が2日目。昨日からニュースは気を付けて見ているがマコト君はいまだテレビに映らない。
一応ネットニュースも見ようとサイトを開くと、マコトという文字が目に入る。体が冷えるような思いで見入るが、凄惨な事件を伝えるものではなくむしろ明るいニュースのようで安堵する。
何気なくそのニュースを開き、読み始める。
『恵まれない子どもの命をつなぐ団体へ謎の高額寄付!マコトと名乗る謎の男』
昨日の17時ごろ、団体の事務所に現金200万円ほどの入った箱が突如届いた。送り主は「マコト」とのみ書かれており、箱の中には現金のほかに「見知らぬ子どもを救うため」とだけ書かれた手紙が入っていたという。取材によると…。
見知らぬ子供の命の値段 九条 柊 @kujouhiiragi
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