第21話 「庭」について

 このエッセイは鷲生の中華ファンタジー「後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符」の「あとがき」です。


 拙作のURLはコチラです→https://kakuyomu.jp/works/16817330658675837815


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 拙作「後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符」の後宮の建物などの配置は、鷲生の創作によるところが大きいです。


 日本の平安時代の後宮でしたら、七殿五舎とよばれる建物の地図があります(清涼殿、桐壺=淑景舎、藤壺=飛香舎とか)。

 鷲生は平安ファンタジーを書いており、こういう地図があったおかげで助かりました。


 唐代の後宮についてもこのような建物配置図が見つけられれば良かったんですが……。

 太極宮の西隣に妃や宮女の住む掖庭宮があるという地図は見つかりましたが、その内部でどんな建物があったのかは分かりません。

(この図については第3回で取り上げております)。


 2023年の6月30日に『東アジアの後宮』というタイトルの本が出版され、鷲生も7月頭に大型書店で見てきました(購入するかどうか検討中です……)。

 パラパラ見た感じ、上記と同じ図はありましたが、やはり掖庭宮内の建物図はないようです(紫禁城の図はありました)。


 白河紺子さんの『後宮の烏』が唐代がモデルなのでは?と言われているので、出版社様の特設サイトを見てみると、小説における後宮の地図がありました。

 文字が小さいのでPCで拡大して拝見しましたよw

 烏妃の住む夜明宮が後宮の中心にあり、その後宮と皇帝の住むエリアが隣接してほぼ同じ大きさであるのは、物語全体の骨格に関わっているのだろうと思います。


 拙作でも、後宮内については鷲生の架空ファンタジーの世界観に合わせて設定することにしました。

 拙作では四神国から妃が来るので、後宮の敷地内の東西南北に、それぞれの国の妃用の大きな宮殿があります。下級妃様に小さな殿舎も散在しています。そして皇后用の宮殿(側燕宮)が後宮の中央にあるとしております。


 下級妃用の殿舎はともかく、東西南北の妃は各国の王女ですので、住まいもそれぞれに庭園を持っているいます。拙作第10話でも、東妃が青濤宮の亭子あずまやに白蘭を誘っておりました。


 側燕宮は皇后の住まいなので、東西南北の妃より一回り大きな庭園があり、庭園を取り囲む院墻があると設定しております。また、盛り土をした小高い丘に建物が立っていることにしております。のちのち、作中で登場人物が見上げたり駆け下りたりします。


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 さて。

 中国の庭園についてコンパクトにまとまった資料本があれば参考にしたかったのですが、ちょうどいいのが見つからなかったので、拙作のこの場面を書く際には『中国の建築装飾』を見てイメージを膨らませておりました。


 202頁からは「3.庭園建築の扉・窓」という項目になっており、庭園についても少し触れられています。


「中国古代の庭園は自然景観型の庭園で、工匠は山・水・植物・建築を四大要素として組み合わせて配置することで、人々が喜ぶさまざまな景観を造る。」


 鷲生は京都在住なので、少しでも参考にならないかなあと思って平安神宮の庭園を見に行きました(平安神宮は平安京の建築を復元したもので、その後の和風建築に比べるとぐっと中華風なので、庭園も中華っぽくないから~などと考えたのです)。


 入場料払って入ってもそんなに中華な感じはしませんでしたがw、西洋式のガーデンスタイルに比べれば、「自然景観型」であるので”中らずと雖も遠からず”かなあと思います。


 ただ、はっきり日本の庭園とちがうのは院墻と門洞でしょうか。日本の庭園ではあまり見られないものかと思います。


『中国の建築装飾』では204頁から「院墻の扉・窓」が説明されています。


「ここでいう院墻とは、庭園の外壁ではなく、園内の空間を分ける壁のことを指す。中国の歴史的な人工の庭園は、限られた範囲内に自然環境の美しさを備えた空間を造り出す必要があった。開ぎられた空間に多くの景観を収めるため、庭師は一般に分割という手法を採用した」


「まず院墻の門をみたい。院墻は庭園内にあるため、門には扉を設けない。院門はどれも遊覧の行程にあるため、それ自身も一つの景観として美しい形でなくてはならない。円形や長方形があり、また楕円形・ひょうたん型・紅葉型もある。」(206頁)


 拙作では後宮自体が外壁に囲まれているので、側燕宮を囲んでいるのは院墻のようなものだとイメージしております。

 その院墻に円形の門洞があり、その両脇に警備の者が立っている……そんな感じです。


 *****


 今回は側燕宮に銀蝉の塚があるという設定が出てきます。


 鷲生は何かの本で西域では使者を悼む塚をつくる……とかなんか目にした記憶があるのですが……。

 ところが残念ながら該当する書籍が見つかりません。


 てっきり森安孝夫さんの『シルクロードと唐帝国』かと思って、もう一度最初から最後まで読み返してみましたが、出てきませんでした(泣)。


 ソグド人が多く信仰していたゾロアスター教を調べて見れば何か分かるかも、と思いましたが。むしろゾロアスター教は鳥葬で……少なくとも土葬はしないようです(Googleでざっと検索してみたところです)。


 私がなんで西域の風習として亡くなった人を偲ぶ塚を立てるという設定を拙作に持ち込んだのか出典が見当たらず大変恐縮ですが……。

 とりあえず拙作内では「銀蝉の忠義に報いようと皇太后と皇帝の卓瑛が身近なところに故人ための塚を建立したのだ」ということにしておいてくださいまし。


 鷲生は京都住まいですが、あちこちで「殉難の碑」的なものを見かけます。幕末関係が多いですかね(今「殉難」「碑」「京都」で検索してみたら新撰組関係で伊東甲子太郎のがでてきました)。


 墓地ではなくても死者を偲ぶ何かを建てるという文化は一般的に存在するするんじゃないかなあと。

 拙作の銀蝉も冥途でその想いを受け止めている……と思って頂ければと思います。

 スミマセン、物語の都合です……。


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 皇太后様は物語の終盤で姿を変えて再登場します。

 どうか最後までご愛読くださいますよう。


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