死ぬ前に温泉旅行に行きたい。

Unknown

死ぬ前に温泉旅行に行きたい。

 正社員で労働してた頃よりはアパートでの引きこもりフリーター生活の方が遥かにマシだけど、現状に幸せを感じてるかと言うと、全然そんな事ない。でも不幸を感じてるわけでもない。


 俺は学校でも会社でも浮いてたし引きこもりになるのは必定だった。居場所なんてなかった。精神科医には何年も世話になってる。


 この世で起きる事にもう何も期待してないから、最近は宇宙とか死後のことばかり考えている。死んだ人間がどうなるのかは誰も知らないから、少しワクワクしている俺がいる。コンセントが抜けた家電みたいに「プツ」って意識が切れて何も感じなくなるのが現実的に俺が想像する「死」なんだけど、どうせなら俺の想像を遥かに超えてきてほしい。死は一度しか経験できないビッグイベントという捉え方もできる。そう考えると少し死ぬのが楽しみになる。死んだら宇宙の外側に行きたい。


 死ぬ前に小旅行したいと思ってる。遠出する元気は無い。県内にある温泉に行きたいな。最期は落ち着いた時間を過ごしたい。温泉に入って、そのあとキンキンに冷えたビールを飲む。最高だ。


 日本一周とか少し憧れるけど、俺の場合たぶん序盤で飽きる。


 俺が住んでる群馬県は温泉が割と有名だ。群馬に住んでおきながら、県内の温泉にはあまり行ったことが無い。でも県外の温泉はよく行った。


 個人的に、自分の住んでる県の観光地にはありがたみを感じない。群馬に愛着があるわけでもない。マイルドヤンキーは地元大好きな傾向にあるが、それ以外はみんな割と都会に行く。


 俺も今は生まれた場所から遠くで1人暮らしをしている。県内最大の駅が割と近くにあるから、群馬の中では都会ではある。


 死ぬまでにやりたい事をスマホのメモにリストアップしてみたけど、やりたい事は小旅行くらいしか無かった。人生の最期は落ち着いた時間をのんびり過ごすのが俺の理想だ。


 好きなバンドのライブは何度も行けた。


 世の中、病気や事故や戦争で亡くなる人もいる中、俺のように自分で死に方を選択できる事は贅沢(幸せ)だと思う。


 生きたいのに生きられない人も沢山いる。そういう人からしたら俺はわがままに見えると思う。まあ実際わがままだ。親から貰った命を捨てるのだから。


 日本では安楽死どころか尊厳死も中々難しい現状がある。自殺幇助は犯罪に該当する。


 俺の友達は2020年の12月に自殺で亡くなった。俺と境遇が似ている人だった。ほぼ毎日「死にたい」と連絡が送られてきた。「俺も死にたい」と返していた。


 俺は一つの選択として、その友達の自殺を肯定している。


「自殺する勇気があるなら何でも出来るだろ」って言う人もいるけど、自殺する人ってもう何もしたくないから自殺するんじゃねえの? 死にたい奴だってバイタリティーがあるうちは何でもやれていた。


 俺もそうだ。バイタリティーがある時期は何でも出来た。


 精神病になっても、元気だった頃と全く同じことが出来る人なんて1人もいないと思う。


 死ぬよりも辛いことなんて、この世には幾らでもある。それを知らない人は「何があっても絶対生きろ」と言う。


 知らないおっさんにレイプされて死にたくなってる女の子に、「生きろ」とは俺は言えなかった。


 俺がちゃんと死ねたら、死んだ友達に会いに行って一緒に酒でも飲みたい。


「久しぶりだなー、元気にやってた?」


 みたいな軽いノリで会いに行く。また一緒にゲームでもしようぜ。いつもみたいにAPEXもいいけど、マージャンも楽しいから、俺が教えてやるよ。ついでにパチンコも打ちに行こう。あの世にもパチ屋くらいあるだろ。


 ◆


 というわけで、俺は死ぬ前に温泉にでも行こうと思う。田舎の温泉で穏やかな時間を過ごしたい。俺はトラベルプランナー。旅行計画をゆっくり立てていく。温泉に行くのは確定だが、問題はどこに行くかだ。草津とかあの辺は行ったことあるから選択肢から除外する。


「風呂は命の洗濯」って誰かが言ってた。


 例えば首を吊って死んだら人間は糞尿や謎の体液がアナルから垂れ流しになるわけだが、死ぬ直前までは俺も清らかな状態で在りたいと思う。死んだ後はどうでもいい。


 あと、遺書っていうのはとても大切だ。「自分の意志で死んだ」という事を明記しておかなければ警察に迷惑が掛かる。そういう意味で、遺書は用意しておいた方がいい。事件性の有無を警察が判断できるように。


 あと、知ってる人も多いと思うが電車に轢かれて死んだ場合は遺族に莫大な賠償金が請求される。賃貸で死んだ場合も賠償金が発生する。


 家族に金銭的な迷惑をかけたくない人は、国有林で死ぬのが良い。


 って書いてるうちにタバコが終わっちまった。コンビニに買いに行かなきゃ。


 現在、深夜の4時半。もうすぐ朝が来る。もうすぐ夏が来る。


 自分の人生に後悔してることはない。その時々で自分に出来る最良の選択をしてきた。でも限界を感じる。


 死ぬ権利を自分の中に保有することで結果的に生きやすくなる。


 あと、人生は楽しかったら何でもいいと思う。


 朝になったので俺は寝る。


 体力の……限界!


 ◆


 朝の8時に起きた。ぼーっとしてたら、あっという間に11時になった。


 コンビニに行ってタバコと缶チューハイを買った。


 今は音楽聴きながら適当に韓国のりを食っている。うまい。良いおつまみ。


 タバコがうますぎる。ぼーっとタバコ吸ってる時が一番幸せかも。


 酒飲みながら北海道の栗山町のパレードを見ていた。野球の栗山英樹監督が歩いて、ファンサービスしまくっている。和やかなパレードですごく良い。俺も栗山監督に会ってみたいな。「WBC感動しました」と伝えて握手したい。


 俺は穏やかに余生を過ごしたい。26歳で「余生」とか言うべきじゃないけど、なんかもうジジイの気分なんだよな。






 おわり

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死ぬ前に温泉旅行に行きたい。 Unknown @unknown_saigo

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