3 雨の里

「こんなとこにいたんですね、小雨様」

「雷雨……」


そこにいたのは、藍色に金のメッシュが入った髪をした浅黒い肌の男であった。小雨と呼ばれた少女は若干苦笑いをしながら後ずさる。


「よくここが、分かったわね…」

「そりゃあ分かりますよ、一応あなた様の護衛なんで」


雷雨と呼ばれた青年は清々しいほどにっこり笑い、一歩ずつ小雨に詰め寄る。


「全くどうして少し目を話した隙にいなくなるんですか?貴方は俺を護衛失格にしたいんですか?」


その笑顔の圧に押されて小雨もまた一歩下がった。

「いやぁ、その、そういうつもりじゃあ…」


「そういうつもりじゃないならどういうおつもりですか?」


雷雨もまた一歩進み、ついに壁際まで追い詰められてしまった。これはまずいぞと思っていると、頭上からため息が聞こえる。


「俺は小雨様にとってそんなにも頼りがいのない護衛なんですね…」


そう言いながらその場にしゃがみ込み、後ろを向いてしまう。柄にもなく本当に落ち込んでいるようだったので小雨は焦り出した。


「ちっ、違うわよ!その、雷雨のことはもちろん頼りにしてるの。当たり前じゃない!こんなにいい従者はいないわよ!」


「……」


それでも彼からの返答はない。

「らっ、雷雨…その、そんなに気を落とさないで私が悪かったわ」


「……」


「雷雨、大丈夫?」

いい加減、反応のない彼に痺れを切らし小雨はそろそろと足音を立てないように近づいた。


背後まで行くと小雨は途端に不安になった。よく見ると背中が小刻みに震えているのだ。


「どこか悪いの?何か変なもの拾って食べた?」

たまらず雷雨の顔を覗き込んだ。


「クッククク…」


しかし、その笑い声を聞いて一瞬で全てを悟った小雨はさっきまでの心配はどこかに吹き飛び、羞恥心と怒りに顔が熱くなるのを感じた。

それから恨みを込めておもいっきり怒鳴りつけてやる。

「この~バカっ!!」

―信じらんない!人が心から心配してたのに!


「いや~すんません、あまりにも必死に慰めていただくもんで」


だが、小雨の叫び声はどこ吹く風と雷雨はお腹を抱えて笑い転げ、まるで手ごたえがない。


「もう、知らないからっ!勝手にそこで笑い死んだらいいのよ!」


そのまま雷雨を置いて歩き出す。

「ちょっと待って下さいよ~。謝りますから」

そう言いながら雷雨はその後を追った。



雷雨は雨の里の御三家と言われる名家の出身であった。御三家は直系の一族の遠い親戚にあたる。そのため小雨とは小さい頃から共に育った幼馴染でもある。小雨の聖獣はずっと目を覚まさなかったので、仕方なく里でも五番の指に入るほど威力の強い雨を降らせる雷雨が護衛に付いていた。小雨はたとえ雨を降らせられなくても、変わらない態度で接してくれるこの幼馴染が好きだった。


だからこそ、そんな彼もいつか里の人々のように愛想を尽かすのではと不安で、その不安は恐怖をなり小雨の行動を心とは反対の方向へ誘って行く。

本当はずっと一緒にいたい。

けれど、皆から失望されているかっこ悪い自分を見られるのは何よりも嫌だ。

だからこれでいい。雷雨とは一定の距離を置いとかないと、後で傷つくのは自分なんだから。全ては雨を降らせられないのがいけないんだ。と、またしても呪いの言葉で言い聞かせる。そうすることでいつも自分を納得させてきた。


「それよりあいつらに好き勝手言わせていいんですか?今みたいにヒステリーでも起こして、首を撥ねてやればいいのに。物理的に」


雷雨は片眉を上げながらうんざりしたように後ろを指す。


「ヒステリーって、私をいったい何だと思ってるのよ!あと、いくら雨姫の娘だからって人殺したら牢屋行き……それに、あの人たちが言ってることは当たっているわ。私が雨を降らせられないのが悪い…」


その声がもう、小雨の心を物語っていた。事実、小雨自身が他の誰よりも自分に見切りをつけているのだ。


「当たってないですよ。小雨様は絶対に雨を降らせられるようになるし、雨姫様に成れます。それに、俺はこんなに頑張ってる奴のことを何にも知らずに傷つけるあいつらが許せねぇ」


そんな小雨を雷雨はすかさず否定する。幼い頃から必死に努力する姿を傍で見てきたからこそ、雷雨は他の誰を置いても小雨に雨姫様になって欲しかった。それは彼の悲願でもあった。小雨は隣で歩く彼をそっと見上げる。他の者が同じセリフを言っても複雑な気持ちになるだけなのに、彼が言うと涙が出そうになる。


自分さえも見失ってしまった希望という名の光を、一人だけでも見失わず求め続けてくれている事実が荒れた心を優しく包み込んだ。

雨が降ってくれていてよかった、とこの時ばかりは感謝した。頬から雫が滴っていても、涙じゃないと言い訳できる。


彼の存在がどれだけ自分にとっての救いか、きっと一生分かってもらえないと思いながら、小雨はいつまでも乾くことのないその道を歩いて行くのだった。

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