2 雨の里

外では今だに優しい雨が降っていた。

だが濡れるのを厭わず草履を履き、雨傘も差さずに少女はお社の外を歩く。母と同じ腰まで伸びた藍の髪は湿気を含んでゆるくうねりが出ており、特に前髪が酷かった。なぜ母の髪質に似なかったのか、と恨めしく思いながら無意識に前髪を手で撫でつけながら歩いていた。少女の性格をよく表している真っすぐな瞳は、雨の雫を閉じ込めたかのように薄い水色と紫の色をしていてどこまでも澄んでいる。先ほどまで母の雨乞いの儀式を見ていたが、終わった後段々と人が散らばり始めたため神滝と正反対側にある庭園に向かおうと思ったのだ。しかし、人の声が聞こえて足を止める。

「あの、慈雨様のお加減はどうですか?」

「それがねぇ、あんまりよくないのよ」

そこには慈雨についていた若い女官が三人、井戸の前でたむろっていた。どうやら井戸に貯めておいた雨水で洗濯を終えたばかりのようだ。いつもはだいたい話される内容を想像できるだけにすぐ退散するのだが母の名前が出て来たため、つい足を止めてしまった。


「そりゃあ、普通ならもうとっくの昔に雨姫様を引退なさってるわけだし……せめて小雨様がその名の通り小雨でもいいから雨を降らせることが出来たらねぇ」

小さいががたいの良い女官が樽を片手に隣の女官に同意を求める。

「そうですねぇ。ーでも、このまま雨姫様が絶えてしまったらどうなるのでしょうか?」

もう一人のひょろっと背の高い痩せた女官が雨傘を片手に眉尻を下げながら同僚に尋ね返す。

「詳しいことはわからないよ。なにしろこんな事態は初めてだから。―しっかし、いい加減勘弁してほしいね」

「やっぱり小雨様のお父様でもある、鬼雨様の身分が低いからじゃないの?」

身長も体重もあとの二人を足して割ったような体型の女官が話に入る。

「どうだろうねぇ…」

女官が否定しながらふるふる顔を振ると顔の肉が激しく揺れる。

「あんな身分の低い、一介の護衛風情がでしゃばるからあんな出来損ないの子が生まれるんだよ」

「ちょっと出来損ない、ってそれ誰かに聞かれたら不敬罪で首が飛ぶわよ!物理的にね」

「あぁ、怖い怖い…あんな傷だらけの恐ろしい顔した男、どこがいいんだろうねぇ。慈雨様の感性を疑うよ」

彼女たちはにやにや顔を歪ませながら、互いを小突き合う。

「…そういえば、小雨様の聖獣もずっと目覚めませんよね」

ずっと黙って聞いていた痩せた体躯の女官が、ぼそぼそと薄っすら聞こえる声量でそう尋ねる。

「確かに、いつも人の姿だからなんの聖獣かも、名前も分からないし。でも髪は見たこともないほど美しい藍色だって噂よ」

「はぁ、ほんと不思議なことだらけだよ。もう嫌になるねぇ」

「あら、不思議なことならもう一つあるわ!小雨様のお兄様方はなんであんなにも見目麗しいのかしら!」

「いやその通りだ!目の保養になっていいわ」

二人の女官はアハハハ、と手を叩きながら笑い合う。

その笑い声を少女は歯を食いしばりながら聞いていた。

彼女は自分が人々の目にどんな風に写っているのか、もう嫌になるほど分かっていた。分かってはいるがどれだけ努力しても、どれだけ頑張っても自分ではどうしようもないことだった。

何を言われても言い返せないことは屈辱以外の何者でもなかったが、母を苦しませ、父の名誉を傷つけ、人々に迷惑をかけていることは当たっているだけに、己の不甲斐なさと不運とを嘆くことしかできなかった。


少女は話を途中まで聞いていたが、一向にそのおしゃべりが止みそうにないことを悟ると速やかにその場を立ち去ろうとした。踵を返し、俯き加減に振り向いて一歩踏み出した途端、何か固い物に顔からぶつかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る