結論 百合はいずれ私たちになる
ファミレスから出てしばらく走ると、こちらへ向かうエイミを発見できた。
「どしたの、あっちで待っててよかったのに。なんかあった?」
膝に手を突いて息を整えたあと、私は走りながら考え抜いた台詞をエイミにぶつける。
「わ、私、わかったの。周囲の視線とか、百合だと思われることとか、ひとに自分の考えを歪められちゃうこととか。ずっと、嫌だって思ってた。私たちを勝手に決めつけるなって。だから、武装して、百合豚を撃退して、百合じゃないってアピールして。でも、それってさ、影響されてるんだよ。百合だと思われることにビビって、やりたいこととか、どうありたいとかを後回しにしちゃって。反抗的な態度に拘ってて。でも、それじゃダメなんだって」
口から出た言葉は考えていたよりもずっととりとめがない。書き殴ったメモみたく言葉が重なり合って、まともな文章の繋がりが見当たらなくて。それでも今、言葉にして言わなくちゃと思った。エイミに伝えて、エイミに変化という関わりを与えたいと思った。私がなにかを口にすることで、エイミが影響を受けて、干渉されて、響き合う関係であることを確かめたかった。
「私はエイミともっと深くなりたい。言葉を交換し合って、私の中にエイミが入り込んで、エイミのなかにも私が入ってしまうぐらい。私とエイミが混ざってしまいたい」
私という存在の構成要素のなかにエイミが組み込まれていてほしいという意味で、逆にエイミのなかにも私があればいいという願いで。それがより大事な、根幹をなす構成要素となれたら、なおのこと嬉しい話で。エイミにも同じように思って欲しいという我侭でもあった。
相手を変えてしまうことを恐れずに、私が踏み出した大変な我侭であった。
「それ、椎子にも言ってあげた?」
エイミは驚くほどの力で私の両肩を掴んで揺さぶった。
「いや、言ってない……」
「なら、早く行かなきゃ」
エイミは私の手を掴んで、走り出した。
「私たちは『私たち』にならなきゃいけないの。私だけでも、美乃だけでも、椎子だけでもない。三人のうちのふたりでもない。私たちは三人で私たちなの!」
エイミの引っ張る力はとても強く、インドア派のもやしである私は為すがまま。半ば跳ぶように、行きの半分の速さでファミレスの扉をくぐり直した。
「そんなに慌てて、どうしたんだ?」
肩で息をする私たちふたりをみて阿賀川が目を丸くした。阿賀川が驚いている、これもちょっと珍しいカオだ。
「結論ッ! 百合に呑み込まれない私たちが、これからをどう生きていくか。レポートのッ、末尾に加える文言ッ!」
エイミが呼吸の切れ間に言葉を吐き出した。
「ぜひ聞かせてくれ」
「『私たち』になる」
エイミは私と阿賀川の手を繋がせる。そして、ふたりの空いた方の手をエイミが握る。三人が手を繋ぎ合って輪になる。
「私たちが私たちを規定する。女同士から飛び出して、ひとりの個人として、人間として繋がり合うの。百合も私たちのなかに包括して一部にしてしまう。百合を脱して、人間になって、私たちは他の誰とも違う『私たち』になるの。百合よりも大きな、『私たち概念』をここに提示します」
最初の命題への答え。
『女同士の友情は成立するか』
恋愛も友情も、百合概念であったとしても。それらは所詮『私たち』の一部にしかなり得ない。
『友情』『恋愛』∈『百合』
『百合』⊂『私たち』
一部であって全体ではない。他人の視座が私たちを規定するとしても、一側面でしかない。他者の観測は私たちの表面を撫でるだけ。私は無数の多面体であり、その内側は私にしか観測できない。私たちの内側には私たちにしか規定できない絶対不可侵の領域なのだ。友情も、恋愛も、私たちの表面を構成する多面体の一面。故に、恋も、友情も、百合も。あらゆる感情が私たちのうえに、重ね合う状態で成り立っているのだ。観測は一時的で、観測されるたびに私たちは表情を変える。それは私たちの内に、すべての可能性が内包されているからに他ならない。
私たちは私たち、だ。
百合の消失点 志村麦穂 @baku-shimura
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