第3話

 気が付くと―そこは一面真っ赤に燃えていた。焼け野原がずっとどこまでも広く続いて、地平線が見える。その地平線の彼方までもが―燃やされているわけだけれど。なにもかもが問答無用で炎で燃やされて、火力発電の燃料にされた気分だった。

 ―熱い。息苦しい。水が欲しい。

 皮膚が爛れそうで、目を開けた瞬間に涙が乾く。しかし―左肩だけは痛みから解放されたみたい。

 私はその焼け野原を歩きはじめる。何かに呼ばれたような気がした。直感出しかないけれど―待たれている感覚があった。

「やぁ―久しぶり」

 炎の向かう側から、上昇気流で空気がゆらゆらとした向こう側から―声をかけられる。懐かしい。けれど、1週間くらい前にも聞いた声。

そこには―先輩がいた。

「久しぶりですね…。先輩」

 先輩は再会を喜ぶでもなく、悲しむでもなく―直球で会話を続ける。前置きや社交辞令は―嫌いな人なのだ。

「碧―ここどこだと思う?」

「地獄だと―いいなって」

 そう言って―私は被虐趣味なのだろうと思った。

「あれから―何日か経ったけれど…。元気?」

 死人に―健康の心配をされるのは妙な気分だった。少し歩こう、と言われ私達は焼け野原の中を進む。

「なら―アザを」

「それは無理」

 先輩は食い気味に答えた。どうやら、アザを消すのは―イヤみたい。けれども私は―

「いえ、早く広げてください」

 と、真逆のことを言ってみせた。

 先輩は―目を見開いて驚く。まるで、自分に理解できない生き物も生態を目撃したかのように。

「なぜ?」

「早く先輩と一緒に―いたいな~って。そうするには―早く死ぬしかないから」

「そんなに一緒にいたいの?―」

「ええ―先輩がいない世界は…退屈だもん」

 先輩が歩くのをやめる。

 そして―目をカッと見開いて、アドレナリンで体を振るわせた。同時に―呆れている用にも見える。

「…いいじゃん…アンタは…。生きてるんだから。どんなに退屈でも…その退屈をどんな手段でも―潰せるんだから…」

 先輩がここまで感情をあらわにするのは―珍しい。今まで見たことがないと言っていいほどに。

「そうですか?でも…つまんないかも」

「アンタ…私の立場が分かって言ってる?私はね―この地獄から抜け出せないの。アンタが来るまでずっとここにいないといけないの」

 あぁ―先輩に思われてるって感じがして…いい。ゾクゾクする。

「『永遠の絆』それを見てみたいって言ったのは―先輩じゃん。なんで先輩が怒ってるの?」

 私は聞いた。煽るように、怒りを向けさせるように。火に油を注ぐどころか、ガソリンだ。

「ここに来て―私は分かったの。『永遠の絆』は素晴らしいものじゃなかったって」

 自分の求めるものではなかったから―他人を責める。私を責める。―あるいは呪う。なんて

「自分勝手…ですね。だったら―はじめからそんなもの、求めなければいい」

「…。確かにそう。あのとき、私はこの世界が憎かった。恨めしかった。けれど―今は違う。一緒に死んだはずなのに―生き残ったアンタが憎い。ただただ憎い」

 少しがさがさとした、怒りに満ちた声で言った。

 今まで先輩が世界に向けていた怒りが、すべて収束して―私にだけに向いている。感情すべて呪いに変えて、私にだけに向られる。

「先輩―そんなに私が…憎い?」

「えっと…違う…違うの…」

 急に先輩はなにか憑きものが落ちたように話し出した。今までとは雰囲気があからさまに違う。本来の先輩よりも―優しそう。

「貴女のことは好きよ。今でも好き。愛してる。それは―変らない」

「私も―先輩が好きですよ」

 中身がない―セリフで返した。

「そう―相思相愛ね。けど、誰よりも、なによりも―貴女が憎い。それに比べれば、私の今までの―世界に対する憎しみなんて、茶番になってしまうくらい」

 生きていたときの先輩の世界に対する憎しみは―間違いなく本物だった。だから、私のほぼないような希死念慮に響いて、屋上から落ちることになったのだ。

「そう…うん…。でも」

 先輩は私の頬に触れる。ここに来てはじめて―先輩とふれ合った。

「貴女が―なによりも愛おしいの…」

 そうか…。先輩はなによりも憎い存在と、愛しい存在が同じなのか。それが先輩の心をぐちゃぐちゃにして―先輩を追い詰めているのか…。

「嬉しい」

 そう言った。先輩が―私のことなんて興味がなかった先輩が―私のことで悩んでいる。持っていっる感情のリソースと、キャパシティすべて使って―思い詰めている。

「これ以上―嬉しいことなんてないです」

 だから―

「先輩に―愛されてあげます」

 今後は―鉄みたいに密度の大きいセリフで返した。

 先輩は―満足したみたいに、少し微笑んでから。

「そう…、死んだらまた会いましょう」

 と言った。

「早く会いたいですね」

 と返答すると

「それは―絶対のイヤだ。貴女には―生きる苦しみを存分に与える。生きることが―苦痛に思っても、死ねないくらい。だって憎いもの」

 それは―楽しみだなって、思った。

「愛しているから―生きてて欲しい。でも、憎いから―殺さない」

 先輩は、恋々として、慈しむように、殺気を放ってそう言った。


 目が覚めると―そこはまだ病院だった。

 先輩と会ったのは―夢の世界であったらしい。現に―今、左肩から鎖骨にかけてが痛い。着ている服が肌に触れているだけで、否、空気に触れているだけで―激痛が走り、燃得ているように―熱い。

 そして―同じ感触が頬にもあった。

「ただの夢じゃない…か」

 先輩の呪いは―思った以上で嬉しい。














































 「先輩―お待たせ」

 大人になった―私は言った。

「ようやく来たね。待ったよ」

 高校生姿の―先輩は言った。

 私達はそうして再会し、今もふたりきりで焼け野原を―歩いている。

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Suicide×Suicide 愛内那由多 @gafeg

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