第2話

「碧さん…。よかった目が覚めたのね」

 屋上が最後に見た景色。それが今は、白い天井に、点滴、カーテンなんかに変っている。病院に運ばれたんだって、すぐに分った。

「…私…」

「あなた―なんでそんなバカなまねをしたの?…屋上から飛び降りるなんて…。自殺でもする気だったの?」

 目の前には―私のクラスの担任の先生がいて、色々と一気に問い詰めてくる。

「その…つも…りでした…。せん…ぱ…いは?」

 思いの外しゃべりづらい。喉や、肺にも傷ついたようだ。それでも―どうにか先輩のことを声に出した。」

 先生は少俯いて、残念そうに、無念そうに言った。まるで―自分に責任があって、自身を責めるように。

「…美空さんはね…亡くなったわ」

 …。そうか…。そうだよね。

 先輩と私は―地上から十数メートル高さから飛び降りたのだ。生きている方が奇跡なのだ。もとより―死ぬつもりだったので、私の方が―運が悪い。

「そ…そうで…すか…」

 ああ―嘘だったんじゃないか…。あの伝説は。

 聞いた話が、自分が全身全霊で、文字通り命をかけて信じていたあの伝説が―嘘だった。その悔しさと、やるせなさ。

「ふふ…」

 もう―笑うしかない。

 先輩と『永遠の絆』を手に入れる―それが叶わなかった。

視界が水面みたいにゆらめいて、静かに目尻に小さな小川を作った。

「『永遠の絆』―あなたたちはそれを欲しがっていたのね」

 先生が言った。

 なんでこの人―そんなこと知ってんだ?いや、都市伝説自体を知っていてもおかしくはない。けれども―なぜ私達が『永遠の絆』を手に入れようとして飛び降りたことを知っているのか。それが、すぐに疑問として―浮んだ。

「どうしてってかおしてるね…。なぜ―この人がって。なぜなら―私もあの屋上から飛び降りているから」

 ―なんだそれ…。いや、私達よりも前にあの屋上から飛び降りた少女達がいる。それは分っている。でなければ、伝説にならない。でも―それが担任の教師だなんて…。

「ど…いう…こと…です…か…?」

「そんなに難しい話じゃないの。私もこの学校に入学して、卒業していった生徒のひとり。そして―伝説を信じて飛び降りた少女だったってだけ。…私がこの学校に赴任してから―誰か飛び降りるんじゃないかって思ってたけど…。それが―あなたたちなのね」

 先生が…この学校の生徒…。さらに…伝説を信じていた…。

「どうしてかって…。それはあの伝説には―続きというか…裏があるの。『永遠の絆』はね…ふたりで飛び降りて、片方は死んで、もう片方は生き残ることに意味があるの」

 なら―私と先生は生き残って、先輩と先生の相手は死んだ、そういうことになる。

「『永遠の絆』はね―生き残った方が死んだ方に呪われるのよ。死ぬまでね」

 ―死ぬまで…。

 でも先生は―生きてるじゃないか…。

「死ぬまで…。と言うよりも殺されるまで…かしら。呪い殺される…。言葉遊びはいいとしても、そう、生き残った方は―死んだ方に呪われる。それって―ある意味『絆』でしょう?呪い呪われる―絆。それがこので伝説の種明かし」

 先生は私のベッドに乗って、おもむろにカーディガンとブラウスを脱ぎだした。

 なにしているんだ―この人。

 けれども、私は頭を固定されて動けないし、どうしても視界に先生の素肌が視界に入ってしまう。

 そして―私はそれを見た。

 先生の左肩にある―黒い、とても黒い、イヤ、それは邪悪と言えるような黒いアザを。それが肩から鎖骨、胸にかけて白い肌を侵食している。

「…」

 私は言葉が出なかった。しゃべりづらいからだけではない。

「これはね―私が飛び降りた後にできた―アザなの。これは私と一緒に飛び降りたあの子がつけたモノ。体に刻み込まれた呪いね」

 先生は自身のアザに―悲しみを含んだ視線を向ける。

「このアザがね、心臓まで達したら―私は死ぬのよ。それが直感でしかないけど…分かるの。このアザからあの子の―恨み、辛み、ねたみ…そういう感情が伝わってくるの。『なんで私が死んで―あなただけがいきのこるのか』ってね」

 先生は脱いだ服を再び着る。

「実はね…服を着るのが嫌いなの。なにかがこのアザに触れると―ひどく傷むのよ。こう、細い針で沢山刺されたみたいに…ね。これが―あの子の恨みなのね…」

 さっきから―ずっと私を諭すように話しかけている。こう―いたずらっ子を可哀想と思う大人のように。

「分かる?あの伝説はね―怨霊を作るのよ。生き残った方を呪う―怨霊を。その呪いのせいで―あの子は報われないの。永遠に呪いを与えつづけないといけない…そういうものにしてしまうの…」

 なら―私は、先輩の怨霊に呪われる。ただ純粋に―私といたいと思ったがために。

「これが―辛いことだって…。ひどいことだって…分かる。愛する人に―呪われて。愛する人を―怨霊にしてしまうの…」

 そう言って先生はベッドから立ち上がって―私に言った。

「本当に大事な人を―そんな目にあわせたくなかったでしょ?」

そう言って―病室から姿を消した。

 けれど―私は先生の話を理解しなかった。そう簡単に―諭されるいたずらっ子じゃないのだ―私は。

 怨霊?恨み、辛み?果ては―呪い?

 それって、究極に―愛じゃん。

 先輩は全力で、私を―呪う。殺そうとする。それも―私だけをみて、私だけのために、私を呪う。他のなににも目を向けずに―私だけを見てるってことじゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る