第7話-結婚と夢
お母様はオイオイと泣き崩れ、お父様が隣に付き添い背中を摩り慰めている。
お父様は無口な方だ。兄弟喧嘩だろうが、親子喧嘩だろうが中立に立ってくれた。今はとにかく、荒れているお母様を宥める事に集中している様子だ。
対して私の隣には、手を後ろに組んで騎士団の隊列のようにピシリと姿勢良く立っているお兄様が一緒に居てくれている。
「……エル…、また喧嘩したの?」
こっそりとお兄様が、こちらを向かずに小声で聞いてくる。
「あはは……。」
私は笑って誤魔化した。私が口を開いて良い事など、今は一つもないのだ。
だってお母様ったら私の結婚の話にすぐ繋げてくるんですよ?
……なんて言ったら、またお母様はヒートアップしてしまう。
そんなお母様の足元には、先程の剣がしっかりと控えていた。いつ刃傷沙汰になってもおかしくない。
お父様、お父様。お母様の剣を取り上げてくださいまし……。
目で訴えるが、お母様しか見ていないお父様が気付いてくれる筈もない。
見た目は美麗でスタイルもよく歳を感じさせない。栗色の髪に翡翠の瞳。戦場に立たせたら右に出るものはいない英雄。領地運営も領民に寄り添っており人気も高い。
だが、子供に対して冷たいのでは?という程には放任主義だった。あまり構ってくれない。
私がちょこまかと下町に出て行けるのもお父様のこんな性格のおかげである。
そんな放任主義のお父様と、キレると恐いお母様は相思相愛、唯一無二、おしどり夫婦を体現したような二人だった。
「アランとエルネットは部屋に帰りなさい。」
お父様は、早々に私達を逃がしてくれた。私はお兄様と共に丁寧にお辞儀をして部屋を脱出したのだった?
「はぁ――やっと解放されましたわ。」
「エルはそんなに結婚が嫌?」
歩きながらお兄様は私の顔を覗き込む。
「お兄様ったら、聞いてたのですの?」
私は小首を傾げて困ったように笑うと、お兄様は優しく微笑んでくれる。
「結婚に良い印象が持てないのです。私は筆と紙さえあれば生きていけますし、家督はお兄様が継ぎますでしょう?結婚したらきっと、貴族の女が小遣い稼ぎの物書きなんてするもんじゃないと叱られてしまいます。けれど私は、この身が終わる瞬間まで書いていたいのです。」
私は困ったように笑う。
これが私の生きる糧なのだから、仕方がない。
この世界では貴族の女が、屋敷の運用や社交界以外で働く事を良しとしない風潮がある。女は黙って家を守るのが当たり前なのだ。
暇があれば貴族同士の交流のためのお茶会、舞踏会に出席し、莫大な屋敷の運用費を紙の上で動かす。これが女の仕事らしい。
それと同時に、旦那様を敬い、夜は旦那様がシたいなら女の事情なんて無視で夜の営みを強要される。
無論こちらは、何事も快く応じなければならないし、求められる事は最大の幸せなのだから、喜ばないはずがないというのが、この世界の男らしい。
女の趣味に口を出し嫌味を言ったり貶めたりと、モラハラ男も少なくない。
女はそんな窮屈な世界で生きるのが一般的らしい。
私には無理だ。そんな生活は前世の経験で飽き飽きしている。
お兄様は、ムスッと頬を膨らます私を、困った様に微笑んで、頭を撫でてくれる。
「エルなら良い人見つかると思うけどなぁ。お母様も探してくれるって言っていたじゃないか。変な人は連れてこないと思うけれど?」
お兄様はうーんと考える素振りをして言った。
「お母様はお父様と出逢えたからそう思っているだけですわ。どうしても結婚しろと言うなら、いっそ外に女作って私に無関心でいてくれる殿方が良いです。そしたらコッソリ執筆活動もできますし。」
ふんっと私はそっぽを向く。お婿候補全部断って家出して庶民として生きていってもいいくらいだ。
「あはは。俺はエルに幸せになって欲しいな。」
お兄様は苦笑して、ポンポンと私の頭を撫でてくれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます