第8話-私の秘密

白を基調としたシンプルで豪華なアンティーク調の家具の数々。

天蓋付きのベッドに、大きなクローゼット。部屋の窓からは表の庭が一望でき、四季折々の姿を見せてくれる。


今は長い春の季節。庭園には春の花が咲き乱れていた。


私はお兄様に預けていた本を手に自室に戻ると、ソファーに座り、その本の表紙を愛しげに撫でた。

色々とトラブルはあったけれど、やっと落ち着ける。やっと読めるのだ。


待ち望んだこの時がやってきた。

ああ、やっと読める。

「あ!その前に!」


私は本をテーブルに置くと、スクッと立ち上がり、お勉強用の机に向かう。そこの引き出しから新しく買っておいたブックカバーを取り出した。

ピンクローズの可愛らしいブックカバーに、私はご満悦だ。

「本にお洋服を着せているみたいね。」

私は買ったばかりの本にカバーを付けていく。


小説の良いところは、読んでいる内容が一見相手にバレない事である。表紙のタイトルさえ隠しておけば、何を読んでいるのか分からない。エッチな内容だとしても、誰かに見られた所でなんの問題も無いのだ。本の表紙に傷も付かずずっと新品のままの状態だ。なんて素晴らしいのだろう。


この地方で作る紙は質が良く、本を作るにも良い環境と言えた。多くの書物が、このルベルジュ領地の製本店から発行され、他の地方にも出荷されていく。本の大きさも均一にしてしまえば、ブックカバーも均一にでき、量産できるというものだ。


ちなみに、ブックカバーの存在を世に送り出したのも私である。


こんな簡単で画期的でオシャレなアイテムを独り占めにしては勿体無い。様々な素材で多種多様な商品を考案し、素材の調達、染めや刺繍、様々な細工を施し、商品の組み立てなどの肯定もあり、領地をあげて取り組んでいる産業の一つになっていた。


本の売り上げも去ることながら、ブックカバーもバカ売れし、考案者の私は17歳にして自前で屋敷を買って維持に必要な使用人を百人雇って食わせていても余りある稼ぎを得ている。


まぁ全部秘密なんですけどね。ゾエがやっている事であり、私は下街遊びが好きなただのご令嬢でしかない。


ルベルジュは最北端の田舎だと思われがちだけど、景色は綺麗だしご飯は美味しいし、流行もここが起源とされる事も多い。かなり豊かで賑わいのある土地と言っていい。

だからこそ狙われやすい土地でもある。


私は天国に転生したと言っても過言では無いのだ。 

そんな事に感謝しながら、ソファーに座り直し、ブックカバーに包まれた本を眺める。


すぅっと深呼吸をし、開いたページをうっとりと眺める。紙の良い香りがフワリと香った。


「あぁ、いいわぁ。可愛らしく書けてる。男も中々のイケメン。…ここは中々苦戦したけれど…頑張った甲斐があったわ。最高ね。」


SNSの無いこの世界で読者の感想は噂話と製本店に届くファンレターくらいだ。

まだ発売されて間もないこの本を自画自賛するくらいは許して欲しい。



うっとりとしながら自前の書物を読み耽っていると、コンコン扉を叩く音がする。


「お嬢様、フーユでございます。」

柔らかいおっとりとした声が扉の外から聞こえる。

「あら、フーユ!入って!」

カラカラと給仕用のワゴンを押して入ってくる。

シルバーブロンドの長い髪を後頭部でお団子にして、キャップで髪を隠している。

瞳は私と同じ翡翠で背格好もよく似ており、年は2つ年上のお姉さんだ。

そして、私の良き理解者であり相談役。勿論、ゾエの事も知っている。


「お茶をお持ち致しました。」

「ありがとう。フーユの入れる紅茶大好きよ。」

紅茶を注いでくれている間、私はまたページを捲る。


フーユはにこりと微笑みながら紅茶を私の前のテーブルに置いてくれた。


「お嬢さま、また奥様を怒らせたのですか?」

フーユは苦笑して横に立っている。

私はティーカップを手に持つと紅茶に口を付けた。


「あはは。死ぬかと思ったわ。」

私は苦笑して、げんなりとお母様の乱心具合を思い出した。

「最近は物騒な噂も耳にしますから、お外遊びに行かれてしまうとフーユも心配ですわ。」

「じゃあ、今度はフーユも一緒に行きましょう?」

「火の粉を散らすのはおやめください。私まで怒られてしまいます。ただでさえ脱走を見逃してる事で侍女長から睨まれているのですよ?」

ニッコリと共謀者を作ろうとする私に、フーユは凛として断ってくる。


二人連れで出かければきっと楽しいのになぁ。

いつも1人ぼっちなので味気ないのだ。


「わかったわ。仕方ないわね。また1人かぁ。」

「そうではなくて、脱走をおやめ下さい。」

「そうね。考えておくわ。」

フーユの毎度の説得も実を結ぶことはなく、私は今日もおざなりに返事をした。

フーユはそんな私を見てため息をつくと、もうひとつの要件を私に尋ねる。


「昼食はどちらで召し上りますか?」

「……そうね、庭で…と言いたい所だけど、軽食をお部屋にお願い。読書をしながら食べたいの。」

行儀が悪い事は百も承知だが、読める時に読んでおきたい。フーユは困ったように笑っていたが、何も言わずに承諾してくれた。


フーユが退室して私はまた1人の時間を楽しむ。

「今日中に読んでしまおう。今書いている話も良いところなのよね。」

原稿は街の隠れ屋に置いてきている。

しばらくは監視の目があり脱走は無理かもしれないけど、お母様が御茶会にお出掛けになる時なら大丈夫だ。五日後の昼、お母様が出掛けたら私も出掛けよう。

鬼の居ぬ間に。というやつだ。


「楽しみだわ……うふふ。」

帰ってきて怒られる事は大した問題ではない。

本当に親泣かせな娘だなと、私は他人事のように苦笑するのだった。

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