第5話-アランお兄様
なんなのよ!まったく!
裏からコッソリ帰るはずが真正面から帰る羽目になってしまった!
私は走りながら頭を抱える。
「あぁぁぁまたお母様に叱られるぅぅう!!」
お母様は怒ると怖いのだ。
お父様と共に戦場を馬で駆け回るほどの強者だ。
華奢で可憐でおっとりした見た目からは想像出来ないほど強い。
怒らせた日には……、血を見る事になるだろう。
「ひぇぇ。」
考えるだけでゾクリとする。
たが今は、あの加勢してくれたアイツに助っ人を連れて行ってやらねば。
しばらく土を踏み固めただけの道を走っていくと、広い広いお屋敷が目の前に現れる。
門の前には兵士が二人。
「え…あ…えぇっお嬢様!?」
目を疑うように門番が私を見た。
「はぁ…はぁ…今、そこの道で拉致されそうになって…」
「えっ拉致ですか!?」
脱走した私を見つけただけでも面倒臭いだろうに、事もあろうに拉致ときたもんだ。
ほんとごめんなさい。でも運が悪かったと思って欲しい。
あたふたする門兵に、私は息を切らして事情を話した。
「いま、そこで助けて頂いて…助けを呼びに来たの…っ……隣国の冠者のようで…」
「エルネット!?」
驚いた声で門の内側から顔を出したのは私のたった一人の兄、アランお兄様だ。
そして、私の趣味の良き理解者でもある。
「どうしたんだい?そんな格好で。」
母親譲りの明るいストレートの金髪と深い冬の海を思わせる碧眼。優しくおっとりとした口調と中性的で整った顔立ち、着痩せする引き締った体付きは優男という印象だが、これでいて戦場では鬼のようにお強いのだそうだ。
本人はあまり争いは好まず、話し合えるならばまずはそうする。温厚ではあるが、怒らせると恐い人だった。
そんな美青年で、私の大好きな優しいお兄様は、鍛錬中だったのか剣を担いでいる。
「お兄様!私を助けてくれた人が大変なのです!変態に襲われています!」
説明が面倒になってきた私の口は、適当な表現のせいで要らぬ誤解を孕んでいく。
「変態なの?……それ何が危ないの?貞操?男でしょ?」
兄様が、キョトンと私を見て首を傾げる。
男の……貞操!?
貞操とはまた魅力的なワード!!
しかも男だ。
美麗で可憐、そして愛くるしい……男の……貞操。
T E I S O U ! ! !
妄想の火山が爆発する。
なんだかひと作品出来そうな流れだ!
「あの……誘拐犯では?」
すると門番が、言いにくそうに口を挟んでくる。
あああ、そうだった。拉致られそうになったんだ。
「そうです!お兄様!!誘拐犯ですわ!拉致ですわ!!」
「それじゃあ、ちょっと行ってみる?」
お兄様はまだ完全には把握しきれていないようだったが、私が急いでいる事は察してくれたようで、門の外を見つつそう提案してくれた。
そして、私と兄様は先程の場所に戻って来た訳だが。
道の端の木に、ご丁寧に縄で縛り付けられ自害できないよう猿ぐつわまでされてある。
4人とも生きて気を失っているようだった。
「……片付いてるね。」
「そうですわね。」
私とお兄様は捕らえられた者達を見てお互い顔を見合わせた。
助けてくれた赤茶色の髪の男の姿は無く、誰だったのかも分からない。
「お兄様、あの…この本預かってください…。」
「はいはい。」
私は分厚い本を渡すと大きく溜息をついた。
帰ったら両親に報告しなければならない。
木に括り付けられた不届き者達は、兵士達によって捕縛され、連れて行かれたのだった。
帰ってからの事を考えると頭が痛い。
「はぁー……。」
気が重い。肩を落として溜息をついていると、お兄様はやれやれというふつに微笑んだ。
「まぁ、お前が無事だったから良かったよ。あまり心配させないで?」
お兄様は優しく頭を撫でてくれた。
木々が心地よい風を運ぶ、慌ただしい昼下がりだった。
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