第32話 エブリン伯爵の手記

 親愛なるシエラへ



 おまえがこの手帳を見つけるのは、はたしていつのことだろう。

 いや、もしかしたら見つけることはないのかもしれない。それでも私はこうしてしたためておこうと思う。


 なぜ、このことを誰にも伝えなかったのかと、おまえは私を責めるかもしれない。

 だが、よく考えてほしい。

 このようなことを誰かに伝えたあとのことを、想像してみてほしいのだ。


 伝えた相手が悪であれば、私は現王族を羞恥に晒そうとする謀反者として、やはり断頭台にあがるはめになるだろう。逆に相手が善であれば、それを見越して沈黙し、なにもせずにいることをすすめてくるだろう。

 それになにより、私の軽率な言動によって、本当の第二王子の身も狙われることになるかもしれない。


 王宮は華やかだが、おまえが考えている何倍もおそろしい場所なのだ。


 だから、口を閉じることを選んだ。そうして沈黙を守り抜き、断頭台へあがるほうが、貴族としての威厳を保てると考えたのだ。たとえ自己満足であったとしても、すこやかに育っている本当の第二王子の身を守ることもできるのだから。


 シエラ、すまない。

 貴族としての尊厳を守ろうとする父を、どうか許しておくれ。


 このようなことになったきっかけは、すべて私にある。

 彼の持っている指輪を目にしたとき、それが偽物ではなく本物であることはすぐにわかった。なぜならその指輪を大切にしていたゴードン伯爵夫人の生前に、その指輪も見せてもらったことがあったからだ。


 夫人亡きあと、なぜ彼がそれを持っているのかがわからず、私は自分の目を疑い、何度も第三書庫に通って家紋の書物を調べたものだ。そうして得た結果は、やはりひとつ。


 彼の指輪が、ゴードン伯爵夫人が大切にしていた、ノーフォード公グレン・オルガートのものであるということだけだった。


 それを悟ったときから、私は恐るべき妄想に悩まされるはめになった。


 彼の出自は――王族なのではないか?


 私は密かに、あらゆる手を尽くして調べた。

 おそらくはそのことが、相手に伝わったのかもしれない。私に関する不穏な噂は、その相手によるものだ。近々罠にかかるかもしれない。最善を尽くすが、しかし、この事実は私とともに墓場に入るほうがいいのかもしれない。


 本当の第二王子は、ヴィネガット家の養子であるグレンであり、ウェイン殿下は取り違えられた子にすぎない。

 おそらくすべて、なにもかも、彼の乳母であったカッセル夫人が知っていることだろう!

 けれど、そのことを追求する時間は、私にはもう用意されていない。


 シエラ、おまえだけはどうか生きのびておくれ。

 真実の第二王子がおまえを助けてくれる。だから、どうか彼と、せめて仲違いだけはしないでほしい。

 私にとって一番かわいいのは、娘であるおまえだ。

 このことを、忘れないでいておくれ。

 

 もうすぐ、晩餐会の客人らが来る。

 王宮にいるおまえの幸せを願いながら、おまえのお気に入りの隠れ家でこれを書いている。

 すべての運命が変わってしまう前に、おまえにいま一度伝えよう。


 心から愛しているよ。

 本当にすまない。どうかいい子で。

 さようなら、シエラ――父より。

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ホームレス令嬢は復讐よりも屋根の下で眠りたい 羽倉せい @hanekura_s

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