第31話 手帳の行方
物音をたてないよう細心の注意を払いながら、私とグレンさんはひとまず隠れている部屋から探りはじめた。
ビリンガム侯爵は眠っているらしいし、やっかいなゲイリーにはすでに存在がバレている。ろうそく一本ぐらいは点けてもいいだろうということになって、それを頼りに室内を見まわることにした……のだけれども?
「どうしてウェイン殿下は、エブリン伯爵の手帳を探してるんでしょう?」
「俺にもさすがにわかりません」
グレンさんはベッドの下をのぞきながら答える。私は数少ない家具のうしろに手をはわせつつ、
「本当に伯爵の手帳だと思いますか?」
「この屋敷に隠されてあるのであれば、おそらくそうでしょうね。ともかく、見つけられたら判明するでしょう。なにもかも」
なにもかも――。
きっと、伯爵の知ってしまった秘密も。そんな意味を含むグレンさんの言葉に、私はごくりとつばを飲む。
これは絶対に、なんとしてでも見つけなくては!
鼻息を荒くしてすみずみまで念入りに探したものの、そう簡単に見つかるわけはなかった。
「この部屋にはないですね」
グレンさんが息をつく。
「ほかの使用人部屋にあるかもですね」
「鍵がかかっているので、あとでヘクターに頼みましょう」
「村からはもう戻ったんでしょうか」
「もう少しかかるかもしれませんが、どちらにしろ侯爵とゲイリーが本格的に寝静まってからのほうがいいでしょう」
「ですね。わかりました」
そう答えつつも、私は腕を組んで思案する。
重要なことが書かれてある手帳だとしたら、誰にも見つからないところに隠すはず。そう考えたとたん、妙な違和感を覚えてしまった。
「険しい顔をしてどうしたんですか」
「ちょっと思ったんですけど、その……もしも手帳が誰にも見つからなかったら、そこに書かれてあることも永遠に闇の中ですよね?」
「まあ、そうですね」
「だったら、いっそのこと暖炉とかで燃やせばすむことじゃないですか?」
グレンさんが眉をひそめた。
「ええ、たしかに」
「ってことは、逆に〝誰かに見つけてもらいたい〟から、残して隠してるのかもですよね?」
グレンさんが息をのむ。そんな彼に、私は言葉を続けた。
「その手帳、もしかして伯爵は娘に――シエラさんに、いつか〝見つけてもらう〟ために隠した……とか、ないですかね? もしもそうだとしたら――」
「
グレンさんが言った。
「そうであれば、この屋敷の中には隠しません」
薄暗い灯りの中、グレンさんは私を見つめた。
「おそらく、シエラ嬢の唯一のお気に入りの場所。厩舎の屋根裏にあるかもしれない」
* * *
夜更けを待って、使用人部屋を出た。
靴音をたてないように階段をおりて二階につくと、トレイを手にしたヘクターさんと鉢合わせる。私とグレンさんのために軽食を用意してくれたらしく、侯爵とゲイリーが眠ったので持っていくところだったと言った。
「申し訳ございません。結局、追い返すことが叶わず……!」
「いいんです、ヘクター」
眉を下げるヘクターさんに、グレンさんはいきさつを伝える。それを聞いて、ヘクターさんは目が落ちそうなほど見開いた。
「たしかに、バイロン様がいつもお持ちになっていた手帳がございました。バイロン様が捕らえられてお屋敷の捜索がおこなわれたとき、てっきりその手帳も見つかったのではと思っていたのですが……違ったのですか?」
「そのようです」
「その手帳に、きっといろんなことが書かれてあると思うんです。なので、なにがなんでも先に見つけなくちゃいけないんです」
私の言葉に、ヘクターさんは息をのむ。
「私もお手伝いしたいところではありますが、見張りとして手をあげることにいたします」
そう言うと、トレイのサンドイッチを私とグレンさんに手渡した。
「閣下とゲイリー様がお目覚めになって動きまわりそうになりましたら、旧車の屋根裏から見える二階のお部屋に灯りを点けます。それを見つけましたらそのまま動かず、厩舎の屋根裏にとどまりくださいませ」
私とグレンさんはお礼を告げて、サンドイッチ片手に急ぎ足で屋敷を出た。
月明かりに目も慣れてきて、仄暗い庭園を横切りレンガ造りの厩舎に入る。私たちの乗ってきた馬車の馬は御者とともに村にいるので、侯爵とゲイリーの馬車もどうやら同じらしい。
かつてはたくさんの馬がいたであろう厩舎内は、ヘクターさんの馬とおぼしき一頭が休んでいるだけで整然としていた。
ランプにろうそくを灯し、高い天井を見上げてみる。こういうところの屋根裏ってロフト式っぽくなってないとのぼれないはずなのに、はしごも階段も見当たらない。
「屋根裏部屋があるように見えないですね」
「だから、シエラ嬢のお気に入りだったんです」
「どうやってのぼるんですか?」
グレンさんがにやりとした。
「こっちです」
グレンさんのうしろにくっついて、厩舎の奥に向かう。と、グレンさんが壁に寄せてある棚を押してずらす。すると、ドアがあらわれた。
「隠し扉みたいなやつですね!」
「ええ。ここの屋根裏はもともと御者たちの休憩室だったんですが、厩舎の裏に休憩小屋を建てたので、不要になった屋根裏は誰も入れないように棚を置いたみたいです。それを気に入ったシエラ嬢が、伯爵に頼んで隠れ部屋にしたんです」
グレンさんがドアを引き開けると、狭い階段があった。そこをのぼるとすぐ、勾配天井の屋根裏部屋が目に映った。
ドアはなく、シフォンのカーテンが下がっている。階下の素っ気なさとは裏腹に、桃色の壁と真っ白な床にびっくりする。
「わ……! かわいいですね!」
屋敷はくまなく探っても、厩舎までは誰も調べなかったっぽい。
どうやら手つかずらしく、レースや色とりどりのベッドカバーにクッション、人形と、女の子が好きそうなもので溢れたままになっていた。
「シエラ嬢は気に入らないことがあると、よくここに隠れていました。とくに俺と養父母が訪問したときなど、ここの屋根裏部屋に隠れて伯爵を困らせていたものです。伯爵が俺を褒めたりするところを、よほど見たくなかったんでしょう」
グレンさんは子どものころに一度だけ、大人たちの目を盗んでシエラ嬢のあとを追い、この階段を見つけてのぼったことがあったと話す。
「シエラ嬢はベッドに腰掛けて人形を抱いて――」
「泣いてたんですね!」
私の言葉に、グレンさんは半眼で答える。
「――いえ。人形の髪を引きちぎってました」
すみませんでした。
「それを見て心底怖くなり、そっと離れた記憶があります」
ホラーですもんね。私もそうすると思います。
さみしさと嫉妬に混乱して泣く美少女を慰める美少年……みたいな夢を見てすみませんでした。現実ってほんと、いちいち残念すぎる。
「……さ、探しましょうか。手帳」
「ですね」
サンドイッチを平らげてから丸窓を見ると、お屋敷の二階が見える。灯りは点いていないので、侯爵もゲイリーもぐっすり眠っているらしい。
グレンさんはチェストの引き出しを開けていく。私はベッドの人形たちを見て、ときどき薄毛になっていらっしゃるプリンセスを発見し、心の中で思わず謝罪してしまった。いや……ほんとやることが激しかったんですね、シエラさん……。
カバーをはぐ。マットレスの奥ものぞく。ありとあらゆるところを探すも見つからず、床のラグも取ってみる。なにもない。
あらゆるところを開けたり取ったりのぞいたりするも、山羊革の手帳らしきものは見つからなかった。
「……やっぱり、ここにもなさそうですね」
「ということは、ほかの場所か……」
言葉をきったグレンさんが、ふと窓を見る。とっさにランプを消した。
「屋敷の二階に灯りがあります」
「まだ深夜ですよ?」
「おかしな時間に眠った侯爵が、うっかり目覚めたのかもしれない」
ありえる。もうほんとに邪魔くさいったらないんですよ……!
「この暗がりではさすがになにも探せません。少し休みましょう」
グレンさんが床に座る。乙女なベッドに背中をあずけると、口元をこぶしで隠しながらあくびをした。
たしかに、私も少し(っていうかかなり)眠たい。
だけど、この場面でベッドを陣取って眠ることに妙な緊張感があって、なんとなく小さな女の子用の椅子に腰掛けてしまった。
あ、ダメだここ。ポジション確保に失敗した。この体勢、体育座りのほうがましかもしれない……。
「そこ、座りづらいんじゃないですか」
グレンさんが眠たげな声音を発した。
「そ、そうでした」
「こっちにどうぞ」
自分のうしろにあるベッドを指す。天蓋付きでクッションいっぱい。ついでに、髪が薄くなっちゃったお人形さんもいっぱいなので、ロマンチック的な感じはあまりない……と思いたいけれどわからない!
「こ、ここでいいです」
ふっ、とグレンさんが笑った気がする。見えたわけじゃないから、あくまでも予感だけれど。
「どうしたんです? もしかして、俺を意識してるんですか」
「えっ!」
「そうじゃなきゃ、そんな小さな椅子で休もうとするわけありませんから」
「ち、違いますよ」
「じゃあ、ここにどうぞ」
またベッドを指す。
違うと言った手前、あそこで眠らないといけないことになってしまった……!
「わ、わかりましたよ。私だって眠いですしね!」
鼻息荒くベッドに向かい、意を決してふかふかの海に飛び込んでやった。うおおお……マズい、ヤバい、横になれるって素晴らしい! 思えばずっと座りっぱか立ちっぱだったから、いまにも寝落ちする……っていうかもう寝れる!
「すみませ……これは寝……」
寝返りをうって壁際を向いてクッションを抱きしめた瞬間、硬い感触があった。
――ん?
なんだこれ。なんか硬くて薄い……っていうか、まさか!
パッチリを目を開けると、グレンさんが私をのぞき込んでいた。
「わっ! な、なななんですかっ」
「あなたの寝顔が見たいと思……いや、なんでもないです。眠ったんじゃないんですか」
「ね、眠りそうになったんですけど、クッションになにか入ってて!」
「え?」
クッションを渡す。グレンさんは腰の短刀を抜き、布地を破る。綿の奥から、一冊の手帳を取り出した。
二人同時に、思わず息をのむ。
「そ、それって……ですよね?」
「たぶん、おそらく」
グレンさんが窓の外を見る。
「屋敷の灯りが消えたので、ランプを灯しましょう」
ランプをサイドテーブルに置いて、グレンさんもベッドに腰掛ける。ひとまずざっと眺めることにし、焦げ茶色の山羊革の手帳をめくっていく。
「……これは伯爵の手帳です。間違いありません」
そう言ったグレンさんの動きが、ぴたりと止まった。
どうしたんですかと訊ねる間もなく、隣で見守っていた私の視界にも手帳の文面が飛び込んだ。
『ああ、なんということであろう。
ウェイン殿下は王子ではない。
ノーフォード公の指輪を持っている彼が、本当の第二王子であったとは!』
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