弍:唄羽と武とベルトラ、ストワードにて

 スピーカーから音割れしたチャイムが鳴る。

「ん……」

「ここは……学校か」

唄羽うたはたけるが目を覚ました場所は、暮れなずむ空き教室だった。

「ここ、一体どこなんでしょ?」

暗くなっていく室内で唄羽が不安そうに呟く。京都訛りが強く出た話し方だ。

「うーん、場所か……」

武の思考は、解決の糸口を直前に起きたトラブルに見出そうとしていた。


 あれは、唄羽たちが都内のデパートに遊びに行った時の事だった。

「お買い物、楽しいですね」

「ん……」

『お化粧、してみたいです!』という唄羽のチャレンジ精神に応えるため、コスメを見繕いに来ていた。

(唄羽と手を繋いで二人きりで買い物……!これは最早実質デートでは⁉︎)

武は内心ガッツポーズをしていたが、その感動も束の間の事だった。

「あれ?唄羽と……武⁉︎」

「げえっ、清森きよもり

聞けば清森は『書道で使う新しい筆を開拓しに』来ていたらしい。

「ほな、清森さんもチャレンジしに来はったんですね」

「まあ、そうなるのかな」

さらに書店でも。

「あっ、手奈土てなづちさん」

李下りのしたさん。奇遇ですね」

『近所で売ってない本を探しに来た』太樹たいじも合流し、総勢4人でのショッピングとなった。

 その最中。

「あの……ちょっと良いですか?」

地味な女性に声をかけられて、それに応じたのだった。

「はい、何ですか?」

女性は手に持った文庫本を武たちに見せた。

「『全人類……を読め』ーっ!」

その言葉と共に強い光が放たれる。

「うわーっ!」

どこからともなく吹く風で、ページがバラバラとめくれていく。

「っ、唄羽!」

武は咄嗟に唄羽を抱き寄せた。


 ……至る、今。

「なーんだったっけなぁ、あの本のタイトル」

武が頭を抱える。

「……絶対ベルラの気のせいだってばー」

「気のせいではない!絶対この教室に何かいるのだ!」

誰かが近づいてくる。

「誰だ……?」

武は無意識に漆黒の短刀――守護刀まもりがたなの柄に手を置いた。

「密室に人が現れたのならば!きっと魔界から来たに違いないのだぞ!」

「それで、わざわざ職員室で鍵を借りてきたんだー?これで何もいなかったらウケるよねー」

「う、うるさいのだロレシオ!」

鍵を刺す音がする。

(学校にいるんならヤバいやつじゃなさそうだが……)

「魔界の住人よ!余の呼びかけに答えよー!」

扉が勢いよく開いた。紫とピンクのオッドアイが武の視線とかち合った。

「ど、どうもー……」

武は引き攣った笑みを浮かべている。

「ふ……」

ベルトラが立ちすくむ。

「不審者だー⁉︎」

その後ろで、ロレシオが大声で叫んだ。


 「うちら、気づいたらいつの間にかあそこにいて……」

「ミッシツにいたんだぞ!絶対に魔界よりの使者なのだぞ!」

「そうかなー?普通に空間転移てんい魔法失敗したとか、じゃないー?」

ベルトラ一行は、すっかり暗くなった廊下を歩く。

「うーん、暗いねー。ベルラー、ライト持ってるー?」

「くっ……。時空をも超える力を持つ余の水晶版タブレットは、今やくらき沈黙を貫いているのみ、だぞ……」

「スマホ、充電切れちゃったんだー。僕もスマホ忘れて来ちゃったからなー」

ベルトラとロレシオが頭を抱える。

「明かりがいるのか?ちょっと待ってろ」

武が守護刀まもりがたなを持つ。

「『れいよ、切先にともれ』、っと」

武がそう言うと、守護刀まもりがたなの先端にランタンほどの大きさの火が灯った。

「これで足元くらいは照らせるか?」

サラッと言い放つ武を、ベルトラが見つめる。

「それは、もしや”魔法”……。聞いた事のない形の詠唱えいしょうだぞ」

「アンタらが言ってる”魔法”が俺たちと同じ認識かは知らんが、俺たちは……」

そう言いかけた武は、ベルトラがこちらをキラキラした目で見ている事に気がついた。

「そう、俺たちは……この世界の人類ではないっ‼︎」

『ババーン‼︎』という効果音が聞こえてきそうな勢いで、左手を手前にかざして言い放った。

(見た感じ異世界っぽいし。嘘は言っていない、うん!)

「おおー!で、では!やはりオマエらは、ま、魔界よりの使者なのだな⁉︎」

ベルトラが興奮した口調で言う。

「いかにも!魑魅魍魎ちみもうりょう横領跋扈おうりょうばっこする人外魔境じんがいまきょうより……」

「コラーっ!」

武の口上こうじょうを老人の怒鳴り声がさえぎる。

「このストワード、しかも神聖しんせいなる学舎まなびやで!けがらわしい魔法なんぞ使いおって!」

「げえー、用務員ようむいんのおじちゃんだー」

ロレシオがイヤそうな声色でらした。

「しかも、よう見たら不審者ふしんしゃじゃあるまいか!大人しくしていろ、保安官を呼んでやるからな不審者め!」

用務員が怒鳴り散らしながらこちらに近づいてくる。

「なんだその刃物は!あれか⁉︎今流行りのアレ、か……?」

用務員の顔前に武が手をかざす。

「まあまあ、落ち着いてくださいよ」

やかましい!この状況で落ち着いてなんぞ……」

「だって、『あなたは何も見ていない』。『今日の見回りも異常はなかった』」

武がそう言うと、用務員はきびすを返して戻っていった。

「うーん?何かいたような気がするが……気のせいか」

用務員は不思議そうに首をかしげる。

「さ、今のうちに脱出しましょ」

唄羽がベルトラとロレシオの服のすそを引っ張る。

「な、何あれー……?」

「あの力……!やはり、本当に魔界よりの使者なのかもしれないんだぞ……!」


 用務員の目をくぐり、四人は校門にたどり着いた。

「ベルラか」

校門の前には、アイマスクを付けた男――ジスランが立っていた。

「お、お兄ちゃん⁉︎どうして学校に?」

「もしかしてー、用務員さんが本当に保安官呼んじゃったとかー?」

ロレシオが申し訳なさそうに頭をく。

「いや、今日の業務は終了している。母さんからの伝言を伝えに来た」

「直接伝言なんて……あっ」

そう言いかけたベルトラは、自分のスマートフォンが充電切れを起こしていた事を思い出した。

「ご、ごめんなさい……」

「お前が謝罪する必要はない」

ジスランがベルトラにモバイルバッテリーと高額の紙幣しへいを手渡す。

「母さんは外出している。夕飯は『このお金で何か食べて』と言っていた」

「わかったんだぞ!ありがとう、お兄ちゃん!」

「俺は帰宅する。気をつけて帰るんだぞ」

ジスランが迷いなく歩き出す。

「お兄ちゃん、そっちはお家とは逆な気がするんだぞ……」

「そうか」

ジスランは淡々たんたんと言った。


 さて、(高校生からすると)大金を手に入れたベルトラ一行。

「これだけあったら、四人でお腹いっぱい食べられるんだぞ」

「四人?」

「うん。余と、ロレシオと……魔界よりの使者たちをもてなすのだぞ!」

ベルトラが胸を張って言う。

「ええんですか?うちらもご相伴しょうばんに預からせてもろうて」

「もちろん!魔界の話を聞かせてもらいたいしな!」

唄羽と武が顔を見合わせる。

「たけさん……」

「ここはおごられておこう。宿無し文無しの状態だしな」

武たちをよそに、ベルトラとロレシオが夕飯候補を検索けんさくしている。

「ハンバーガーとかどうかなー」

「余はこの……ギュードン?というのが食べてみたいんだぞ!」

「いいねー」

ロレシオが武たちの方を見る。

「お二人はどう思いますー?」

「俺も牛丼に一票」

「うちも、それで構いません」

「よーし、じゃあ行きましょうかー」


 ストワード中央にオープンしたてのチェーン店。

『ニチジョウで大人気のファストフード“ギュードン“が、ついにストワードに上陸!』

SNSで拡散された情報は瞬く間に広がった。

「行列……長いんだぞ……」

時刻はディナータイムど真ん中。流行りに敏感びんかんな人々が店の外まで列を成している。

「あー。でも、意外と早く進んでるよー」

「むむむ……。なら、ガマンして並ぶんだぞ」

四人は行列の最後尾に並ぶ。

「そういや名乗ってなかったな。俺は火村ほむら 武。“タケル“って呼んでくれ」

「うちは手奈土てなづち 唄羽です。うちの事も、“ウタハ“で構いません」

「余はベルトラ・エル・レアンドロ!ベルラと呼ばれているんだぞ」

「僕はロレシオだよー」

行列の途中で雑談が始まる。

「ベルラはんの目も綺麗きれいですけど、ロレシオはんの目も宝石みたいですね。銀色で」

「そうかなー?あんまり言われたことないからー」

会話の中で、武が切り出す。

「そういえば、さっきのジイさん“魔法が穢らわしい“って言ってたな」

「うーん。ストワードだと、昔からあんまり魔法は使われてなかったみたいでねー。魔法を使う人とかを下に見る風潮ふうちょうがあったんだってー」

「へえ。ロレシオはん、詳しいんですね」

「歴史の先生がストワード史の学者さんだからねー。それに、ちょうど授業でやったところだしー」

ロレシオが少し照れたように言う。

「そうなのだ。余のおじいちゃんやお父さんくらいの歳の人だと、ああいう人はまだまだいるんだぞ……」

ベルトラが悲しそうに呟いた。

(“ストワード“……“魔法“……)

「もしや。ここは、『砂時計の王子』の世界か……?」

武の頭に、配信者『バーニング⭐︎サムライ』名義で実況したゲームが思い浮かぶ。

「たけさん、順番来ましたよ」

「あ?ああ、うん」

武は生返事で返した。

「楽しみなんだぞ!」

「だねー」

そんな事は露知らず、高校生二人は未知なる料理に心おどらせていた。

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五行家の言霊師ら、『砂時計の王子』に出逢う事 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona

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