第121話 Déjà vu 既視感

英語でDéjà vu とよくいうが、日本語はカタカナのデジャブ以外知らなかったので調べてみたら「既視感」と出て来た。既に一度見た/聞いたことがあるという意味だから、この「きしかん」と読むのであろう単語は、まさにその通りだ。


なんの話かというと、近況ノートに書いた、妻のデザイナー物、特にバッグ、に関する考え方が変わった話へ付け加えることになる。カリフォルニアへ引っ越したあと、母がやって来て、妻にデザイナー物のバッグを買ってくれたことがあった。母は、一緒にきた、アウトレット大好きだった弟と一緒にアウトレットを回っていた。弟は6ヶ月前に一人でやって来て、アウトレットで二日過していた。バブルが弾けた後だったが、アウトレットを目指してやってくる日本人旅行者は多かったらしく、サンフランシスコ空港から、ヘリコプターで飛んでくる者もいたらしい。母はそんな弟と、アウトレットで1日過ごしていた。その間、私と妻は、息子を連れて、海辺の自然公園でハイキングしていた。約束時間に向かえに行き、我が家へ連れて返った夜、母が大きな袋を妻に渡した。アウトレットで見つけたデザイナーバッグが日本に比べてものすごく安かったので、妻のためにと買ってしまったと言っていた。妻は、お礼は言ったが、驚いた様子で、自分はあまりデザイナー物に興味はないと言った。いつも持っていたバッグは5000円以下のものばかりだった。まあ、これは、「一丁らい」としてもらっておくことにした。


そんな妻だったが、その二十年くらい後、デジャブが起こってしまった。夏の休暇の帰りに訪れたアウトレットで、妻はコーチの店に行きたと言いだした。なんでコーチなのかわからないまま、店まで一緒に行って、バッグを買って返って来た。妻は、その頃には、デザイナー物を少しづつ身につける様になっていたが、未だに多くはむじるみたいな物だった。しかし、なぜ、妻がコーチのバッグを買ったのかは、私には教えてくれなかった。やがて、その旅の3ヶ月後、今度は、息子のところを訪ねることになった。息子はある大学の助教授となったばかりで、大学へ就職した直後に、同棲していたガールフレンドと籍を入れていた。今回の旅は、二人が籍を入れてから初めて会うことになっていた。


二人のアパートは狭かったので、私たちは、古い友人の家でお世話になった。ちょうど、感謝祭の時期で、息子と同じ大学で化学の教授だった友人が彼らの家へ招待してくれていた。彼らとは院生時代に、同じ建物に住み、家族同士の付き合いだった。彼らの長男とうちの息子は兄弟の様に育った。息子夫婦も感謝祭の日のランチには招待されていた。食事会の後、息子と息子嫁が彼らのアパートへ帰って行く前に、妻が、義娘に、例のデザイナーバッグの入った袋を渡した。袋を開けて中を確かめた義娘は、困った顔をして、自分はデザイナー物に興味がないと妻に告げた。必要な時も来るだろうから、持っていても損はないと、妻は言った。後で、あの時の私の母の心境がよくわかったと言っていた。これを聞いて、私は内心爆笑していた。歴史は繰り返す。

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