第97話 昨日の章に書き忘れたことと、知らないふりをする夫婦
そういえば、も一つ、息子が大学生になってから剣道を始めてしまった。私の知りあいの東北大学の博士研究員(ポスドク)と仲が良くなり、一緒に剣道を始めた。文部省から派遣された女性が3段とかで、彼らの指導に協力していた。トップの師範代はシカゴからやってきていたらしい。このポスドクの彼は、極真空手の黒帯だったので知っていた。物理の博士課程を終えた者には珍しい存在だが、今は、日本の国立大学の教授である。実は、剣道クラブは、米国中に散らばっている。カリフォルニアほどの競技人口はないが、各地で連帯してトーナメントかも開かれている。私が住む街にもクラブはある。日本人半分、米国人半分くらいの割合だ。柔道がどうなっているかは知らない。
息子が剣道初段になったころ、トム・クルーズのザ・ラストサムライが流行ってしまい、剣道クラブの練習に何百人もの新人が入ってきたらしい。こんな時、指導者が良くやるのが、新人に対してものすごく厳しい稽古をさせることだ。武道をやっていた人間は多くはこれをやってしまう。私が所属する前の空手クラブも、70年代にブルース・リーの「燃えよドラゴン」が流行ったら、新人が200人以上が練習に来たので、その頃のリーダーだった早稲田大学出身のポスドクの師範代(日本人)は、喜んで、この大瀬隊を指導していた。練習場も、大学の屋内陸上用の大きな体育館になった。その日本人の師範代が他の大学へ移動した後を任された大工のマイクだったが、彼は、練習生の数を指導しやすい数にするためにという言い訳で、ものすごく厳しい稽古をつけた。やがて練習生の数は10数人となっていた。前の日本人の師範代がが帰ってきて、その話を聞いて、マイクに師範代を譲ったのは間違いだったと嘆いていたらしい。息子の剣道クラブも10数人に収まったらしい。
息子は2段になった後に、アキレス腱を切ってしまい、医者から剣道はやめろと言われている。今は、審判とかやっているらしい。そのアキレス腱を切った後に、車椅子を駆使しながら、クエートのドーハへ2ヶ月の間講義に行った経験がある。ドーハの大学と奴の大学の学部がシスター校(学部)の契約を結んでおり、一年に二人の教官が2ヶ月間、講師として出向くのだそうだ。息子が行くのは5年目だと思う。おかげで、今、私たちは孫の世話をしている(息子嫁も学会でフランスへ行っていた)。息子も、クエートへ飛ぶ前に、その学会へ参加しているはずなのだが、息子のSNSを見ると、学会の話は全く載っていない。パリの美術館とかサッカーの試合の写真ばかりだった。
息子と息子嫁は大学の教官なので、大学院生に指導することが多く、私等にも、なにかと命令気味になる。時々、妻の爆弾が落ちる。もう長い間、一緒に暮らしていない息子は、妻の怖さを忘れているのか?私はもちろんよく知っているので、できるだけ鱗に触れない様にしているが、私も、叱られる。孫のためなら、妻も少し辛抱するが、孫も、私達には我儘できると読んでしまって、ここ何日かは、すぐに癇癪を落とす。妻と二人で、息子の幼い時は、こんなに泣いてわがままを言わなかったと、二人で話しているが、きっと勘違いだと察している。
息子が生まれて間もない頃、買い物客の列に並んでいると、ふたつのことがよく起こった。まず、妻が幼い乳児の弟か妹の子守りをしていたと間違えられ、彼女の子供だと知った人たちが驚いていたことが何度もあった。その頃の妻は、高校低学年か中学生かと間違えられるほどだった。ふたつ目は、私と一緒に並んでいて、私たちがカップルであると気づいた者が驚いた顔をすることであった。以前にも書いたが、白人女性とアジア人のカップルは西海岸以外ではごく稀だったからだ。今では、それほど珍しくないが、そんなに多くもない。
ある時、近くのドラッグストアで、二人で芝居をしてみた。私が先に会計までたどりつき、私の買い物の前に妻が、自分の持っていた物を投げて、「こっちが先」とか言って、先に並んでいた私の前に出ようとする。それに私が少し怒ったふりをして、私の買おうと思っていた物を先にとレジ打ちしていた店員に差し出す。この店員は、私たちが知り合いだとも思っていないかったので、喧嘩が始まったのかと狼狽えた表情をする。会計の列に並んでからは私たちは会話はしていなかったので、後に並んでいた客も心配そうに見ていた。そこで、私が降りて、「ワイフの言うことを聞かなくちゃな。」とか言って妻の物を先に会計させる。すると、店員は正直に、知らない者同士で喧嘩になるのかと心配したと言う。私たちは、謝って、会計を済ませて店を出た後で、爆笑した。次に、その店員がいたレジに二人で並んだら、又喧嘩を始めないでくれよなと言われたので、3人で大笑いした。これと似た様な経験は、大学時代のホストファミリーのおばちゃんともあったと覚えている。日本では、隣にいる私が夫とは知らず、妻にちょっかいを出してくる者を脅してやったことが何度かあったことは、もう書いたと思う。
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