私の大学生時代に学生結婚とか子供を育てながら、と言う話は余り聞いたことがありませんでした。
ただ、学生結婚は私の身の回りにいなかっただけのことかも知れないですけど、さすがに子育てしながらとか、学生であるパパを子供が応援しているという姿を見た人はいなかったんじゃないでしょうか。
今では何てこともない話なのに・・って思いますが、時代がグンと変わったということですね。(良い意味に、です)
博士も奥様も、子育てにとてもご苦労されたでしょうが、そんな子連れでパパの応援風景を想像すると、微笑ましくてほのぼのします。
が、そんな時は奥様だけが特に大変だったかも、と思うとそれもまたお気の毒なことで。
でも後になれば、やはり楽しい貴重な時期でしたでしょうね。
こちらでは「ギークス」というテレビドラマがあって毎週観ているのですが、そういえば何でも知りたがりの私が、ギークスって何?と調べようとしなかったな、と博士の書いてらっしゃる「勉強ばっかりでオタク的な人を侮蔑するような言葉=ギーク」で、ドラマのタイトルと中身が繋がりました。
来週あたりに最終回かと思われる時になって、今~?バカじゃない?って笑われそうです。😅
(因みに警察で働く3人の女性、それぞれ変人的と思われている人が活躍するドラマです)蛇足でしたm(__)m
作者からの返信
@88chama AKA ローバ様、
いつも、コメントをありがとうございます。
ところで、私が最近使い始めた『AKA ローバ様」のAKAの意味をご存知でしょうか?"Also Know As"の略なんです。「別名」と言う意味です。カクヨムでは、「二つ名」というのでしょうか?勝手に使わせてもらっています。
今回の孫の守りで、妻はかなり疲れています。孫のことが心配で、心の余裕がないのが1番の原因だと思います。お風呂とか、私が一人でできるので、休んでいても良いと言うのに、やってきて、監督します。信用されてません。これって、四十年前と一緒なのかもしれません(笑)。
米国では、子持ちの学生も比較的多く、そのために私の大学には、大型の既婚者向けのアパートがありました。そこに住んでたので。久しい友人の多くが、子持ちでしたが、大学院でもそんなに多くはなかったです。日本ほどではないと言うことです。そう言う環境で育った息子は、大学とか教授とかが、雲の上の存在ではなく、身近な生活環境の一部でした。奴の将来は、大学教官しかなかったのだと思います。
Geekは米国では昔は、蔑まれていたキャラクターでしたが(日本で言う隠キャ?)、ビルゲイツ(マイクロソフト)とかマークザッカーバーグ(フェイスブック)等の大企業に発展する会社の会長とかになれるタレントだと認識されてから、社会的な地位があがりました。億万長者にならなくても、エンジニアとして給料も良いですから。
編集済
「お前は日本国の公僕だろうが、公僕は国民のために尽くすのが仕事だ。黙って早く手続きを済ませろ!」…最高です😊。
私は、サンフランシスコで期限の切れていないパスポートの更新をしましたが、対応した女性に難癖付けられて、私が血相を変えて「正規の手続きは踏んでいる。こっちは、ラスベガスから来ているんですよ!」と大きな声で言ったら、処理しよりました。私は、普段優しい人と思われがちなのですが、本当に頭に来たら言うときは言います。
ソフトボールで奥さんは、確か面白い声援を飛ばしていましたね。優しい女性だと思いますが、根はやっぱりアメリカ人女性だと思い、微笑ましく感じられました。
ところで、先生はアメリカの市民権も取得されたのでしょうか?ここに興味があります。
作者からの返信
サバトラひろさん、
いつもコメントをありがとうございます。
領事館へパスポートの書き換えに行った頃の私は、ほとんど日本語を話さず4年間暮らしていたので、日本人らしくない私でした。今でもそうですが、十年日本で働いて、大人になったと思っています。その頃の日本人の私は、いまだに、喧嘩をよくしていた高校生だったのだと思います。高校生が、極道の真似して、罵りつけている感じでした。あのお兄さん、きっとエリート官僚だったのでしょうが、仕事上、あんな口の聞き方されたことなかったと思います。おばちゃんに逃げたのは根性なしですよね?
おばちゃんに同じことを言われたら、きっと、すみませんと謝っていると思います。
市民権は取得していません。日本で二重国籍が有るされていないからです。
編集済
前半のパスポート切れは凄い話で…
私はカリフォルニアからメキシコ・ティファナに入ったことがありますが(911前)出るのは簡単、アメリカに入るのは面倒で長い行列でした。領事館があるのは幸いですね。
私の友人が東欧に留学していた時、留学滞在ビザが切れた時に、めんどくさいので、わざとドイツに入国して、その国に再入国すれば3ヶ月の旅行ビザになるので定期的に往復したそうです。
しかし電車の中で、東欧の国境警備隊は「心付け」をヨコセばスタンプを押すような感じで、タバコ一箱をいつも用意したとか。
最初は心付けをわからず、何でパスポートにスタンプ押さないんだ!と言ったらしいです(笑)
旧共産圏あるあるです
作者からの返信
晁衡様、
数年前、私の友人の心臓外科医は家族揃ってビザ(グリーンカード)の書き換えを忘れていたので、再手続きが面倒で、移民局で、6人揃ってインタビューされたそうです。忘れて居なければ、指紋詐取と写真の更新だけで済むのですが。
昔、日本でバイクの雑誌に載っていた世界をバイクで旅する日記に、どこの国境でも似た様な話が出ていたのを覚えています。大学院卒業後、3か月で世界一周の新婚旅行をした友人も、国境越えの情報は重要だと言ってました。イスラエルとアラブ諸国へ行くと知った米国国務省からは、パスポートを二つ渡されて、一つはイスラム諸国、もうひとつはイスラエルに使えと言われたそうです。彼はユダヤ系だったので、特に気をつけろと言われたとか。
編集済
赤ちゃんをつれながらソフトボール観戦で、和気藹々とした雰囲気、とっても素敵ですよね。
現在の日本は変わりましたが、むかしはもっと保守的で生きにくい社会だった気がします。今もかもしれませんけど。同調圧力が日本は強いと思うのです。
奥様は大人しい雰囲気に思えるのですが、大学を卒業するなど、しっかりされた方なんですね。素敵です。
作者からの返信
雨 杜和(あめ とわ)様、
いつもコメントをありがとうございます。
大学のリクリエーションリーグでなかったら、ビール飲みながら(選手も)やっていても驚きませんでした。街から離れた所に球技施設があり、照明付きで、朝の四時まで試合があったリーグもありました。知り合いが。工場の午前2時までの勤務で、同じシフトの人間がチームを作っていて、夕方から仕事を始めて、仕事の頭、ソフトボールを終えて、朝の6時に帰宅、朝食を家族ととり、子供達がスクールバスに乗るのを見送ってからベッドに入る暮らしだった様です。
妻は確かに大人しいと思われがちでしたが、今は、もう誰が見ても我が家のボスです(笑)。ソフトボールの選手/観客の立ち位置が変わったのと同じですね。あの頃は、息子のリトルリーグの試合の応援もあったので、球場で過ごす時間が多かったです。妻には、もっと多くのスポーツをやってほしかったのですが、テコンドーも家族で始めたのです、時間がありませんでした。今となってはは、時間のマネージメントが少し狂っていたとも思います。
@fumiya57さま
こんにちは。
なんと、パスポート失効ですか。聞くだけで胃が痛くなりそうです。すみやかに対応できてよかったですね。
あ……でも、領事館ではきっちり「おごり高ぶった公僕」に嚙みついていらっしゃるのですね。ひと噛みで撃退、さすがです(笑)。
作者からの返信
佐藤宇佳子様、
コメントを何時もありがとうございます。
パスポート、実は今も切らしていて、そろそろ新しいのを発行して貰いに行こうかと思っています。あの頃に比べれば、国家公務員の国民への態度は、遥かに良くなっていると思います。あの時の私は、完全にアメリカナイズしてしまっていました。今のトランプ派の様に、政府と官僚なんて、◯ソ喰らえ!と思っていたのではないかと思います。しかし、後に来た、未だパスポートが一年残っていた別の大学の学生さんの腰の低さに驚き、ああ、これが本当の日本人なのかと思いました。何も知らない未だ子供でした。