第85話 黒人エンジニアと差別、リバースエンジニアリング

約10年前に、私の勤めている大学のある町の隣町に工場がある企業で働くエンジニアと知り合いになった。彼は、ケミカルエンジニアの修士を持っていて、長い間、米国自動車産業の拠点であるミシガン州デトロイト周辺の自動車関連の会社で働いた経験があった。彼は、ごく稀な黒人のエンジニアとして働いて来たが、北部であるミシガン州でも人種差別はよく経験したと言っていた。その時彼が転職して働いていた会社はドイツに本社がる会社で、工場は人種差別はが激しいとされる南部にあっても、この会社では、黒人として人種差別を受けてはいないと言った。会社内にある差別はただ一つ、ドイツ人であるかどうかだと言っていた。つまり、人種は白人・黒人・ラテン系・アジア人であっても、ドイル人でない米国人の従業員はやや下のランクなのだそうだ。それ以外の従業員は皆同じランクだと、彼は感じていた。ただそれは、普通の差別というものではなく、ドイツ人が特別視されているだけの様だった。米国にある日本の企業でも同じ様な環境があるのかもしれない。


そして彼の話で、私にとって最も興味深かったのは、彼がキャディラック配下の会社で働いていた時、レクサスのエンジンのピストンリングを真似して作ろうとした時の話だった。レクサスが出た時、GMはレクサスを購入して分解し、調べ上げたらしい。その中で、このピストンリングが非常に優れている製品だと結論づけ、同じ様な製品を製造して、最高級車ブランドのキャディラックへ投入したかった。そこで、このピストンリングを徹底的に分析して同等のものを作りが得ようとした。いわゆるレバースエンジニアリングである。しかい、長年かけて行ったこの開発は布石=意向に終わったそうだった。ピストンリングなんて簡単な構造だ。金属の輪っかの外側に何らかの膜が堆積されているだけといえる物だ。しかし、彼はそれ(特に性能が)が再現できなかったらしい。ここで言う性能とは、エンジン内での摩擦を軽減しつつ身風精を保ち、高温での焼き付けを防ぐ等の性能が必要なのはわかる。なぜ、米国の会社がトヨタの技術を真似できなかったのかは、私の専門分野である材料工学にあると思う。材料工学と言っても扱う材料は、金属、半導体、セラっミック、プラスチック等ののソフトマテリアルと呼ばれる物まで多様である。日本も米国も材料科学工学科は、昔の金属工学科が元になっていたところが多かった。米国では材料工学に改名すると、半導体やソフトマテリアルの教授ばかり雇い始め金属の研究者は激減した。日本は逆で、今まであった金属研究をしていた研究室の集まりの中に、半導体を研究する研究室を一つだけ入れて材料工学と改名したところばかりだった。ちなみに、私が雇われたところもその稀な半導体を研究する材料工学の研究室だった。おかげで、日本では金属を知るエンジニアが数多く雇用され続けていた。90年代後半には、米国の金属を知るエンジニアリングの教授は皆退官してしまっていた。私の米国の母校もそうだった。GMの系統の会社にも金属工学に長けた者はいなくなっていたのだろうと思う。これは全米の多くの会社でも言えた事であろうとも思っている。たかがピストンリングでもGMは同等の製品が作れなかった理由はこれだったと確信している。ロストテクノロジー、「映画、「猿の惑星」に出てくる人間は、人類の嘗ての栄光を知らず、猿達の遥かに下で奴隷化されていた。これがサイエンスフィクションだと言えばそれまでだが、人類が今持つテクノロジーを失ってしまう可能性はゼロとは言えないのではないだろうか?


逆に、日本の大学は変化についていくのが遅れる理由もこの様に、一度できた研究室はなかなか消え去らない。ピストンリングを製造するための金属工学のノウハウの点では、これが日本に有利となったが、逆に、ソフト開発においては、90年代の米国では皆がこぞってソフトウエアエンジニアになろうとしたが、日本は、人気はあったが、数的は足りなかったと思う(現在もそれに似た様なもんだと思う)。しかし、米国では、外国からソフトの人材を大量に輸入(多数の移民)してしまった。移民したソフトウエアエンジニアは、米国人のエンジニアよりも低給料で働くので、会社にとっては嬉しい。そして、ソフトは外国へ外注もしやすい。しかし、そのおかげで、ソフト開発を目指す米国人の若いエンジニアの数は減った。彼らは、自分らでコードを書くよりも、外注したソフトなどのプロジェクトをまとめる仕事につける様なスキルを学んでいった。ソフトンコードを書く米国人エンジニアがいないのではないが、移民に頼らず、外注もしなければ、国内で優れたソフトウエアエンジニアがもっと育っていただろう。最近、ソフト教育に重点を置いている州が増えて来た。


半導体工場を大々的に建設している今の日本でも、半導体生産に必要なエンジニアが足りないと思われる。昔活躍していたエンジア達は、部署を移動したか、台湾や韓国の会社等に引っこ抜かれているのだろうと思う。しかし、日本には、未だに彼らを輩出した研究室は大学に残っているはずなので、やがては、半導体生産に必要な人材は日本で賄えるだろう。米国の会社は移民に頼る傾向が強い。金属関連のエンジニアは、今ではほとんどがインド人と中国人達だ。


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