第83話 私の教授はハーバード大出身の超エリートだった。

私の博士課程の恩師である先生は、「サイエンス」を本気で生きていた人間だった。コロンビア大学学部卒で、ハーバード大学の物理化学博士課程修了だった。アイビーリーグのエリートで、普段は、本当にジェントルマンの様に過ごしていた。夏の暑い日でもネクタイで通勤し、カジュアルな催しでも、アスコットタイでやって来た。私や他の院生とかはジーンズによれよれのテーシャツの時もあったのに。しかし、この先生、専門の科学の話になると、豹変することもあった。ある学会で、彼のポスドクの中国人が発表した後、国立研究所に所属する理論屋の物理学者が彼の発表にケチをつける様なコメントをした。すると、そのポスドクが答える前に、教授は、"Who cares?" (そんなこと誰が気にする?とでも訳せる)と言ったらしい。その理論屋は、"Who said that? I can't believe anybody said that..."(誰がそんなことを言った?そんなことを言うと信じられない、、、)と言ったらしい。教授は、今度は、大きな声で、"I said who cares?"(俺が言った!)と大声で答えた。それを聞いた理論屋は、この会場を出て行ったとか。(これは、講演をした中国人ポスドクからい聞いた話。)この話を妻や、同僚の奥さん達にしても、最初は誰も信じなかった。あのジェントルマンの教授がそんなことを言うはずがないと。その昔、この先生が、教授になる前には、GEの研究所にいて、学会では、よく喧嘩まがいの議論をしていたと、昔を知る人から聞いたこともある。


そんな先生だが、思いやりもあった。以前このエッセイに書いたかもしれないし、最近、西さんちにも書かせてもらったのだが、私が実験装置を爆発させる大失敗をした時、教授は起こりもせず、ノーベル賞物理学者であるニールス・ボーアが行ったと言うエキスパートの定義を教えてくれた。それは、「エキスパートとは、ある限定された分野において、可能な限りのミスを犯した者のことを言う。」だった。私の大失敗も貴重な経験とせよというメッセ維持だったと捉えた。その後の私は、指導している学生がミスを犯しても対して叱らない。二度目はないが。(昔から、スポーツをやっていて、練習では厳しく、試合では優しくが私のポリシーでもあった。)


この先生は、オーストリアのウイーン生まれで、父がユダヤ人母がカトリックだった。ナチスを恐れた父親が米国へ移民し、職を確保した後、家族がニューヨークへやって来た。その時に使うとした船舶はユダ人団体がチャーターしたものだったので、カトリックだった母は乗せてくれなかった。そこで、12歳の彼と10歳の妹だけがこの船で、ニューヨークへやってきた。母もやがて、別の船で、米国へ辿り着いた。ブルックリンに住み着き、子供達は英語で話す様になったが、母は、ウイーン鉛のドイツ語をはしていた。先生は、コロンビア大学を卒業した後、兵役を満たすため、軍隊に入隊したが、入隊時の試験で、言語の才能があることが認められ、日本語の翻訳の部署で日本語を学べと命令が来たらしい。しかし、ドイツ語が話せるとわかった時点で、即、ドイツへ送られてしまった。ドイツには2年ほどいた。時々、ある部屋から何かを持ってこいと上司に命令されたが、ドアには鍵がかかっていたので、これは映画で見た様に、ピストルで撃ち抜いてやろうと、撃ってみたら、ピストルの球が、跳ね返って跳弾してしまい、死にかけた話をしてくれた。(これを聞いた私の妻は、私だけではなく、やはり科学者のほとんどは社会的常識に欠けると結論づけたのは別のお話です。)そして、ドイツ滞在から帰国してあった教授の母は、普通のドイツ訛りで話す様になった息子のドイツが理解できず、泣いてしまたらしい。


そんな先生だが、この先生に一番面倒をかけたのはきっと私だと思う。研究をほったらかしにして、空手の特訓に毎年行ってしまったり、息子のリトルリーグの試合があるので、実験を途中でやめて帰ってしまったり、色々、好きにさせてもらった。しかし、ある時、この先生に、私がある問題を解決したと喜んで報告に行ったら、それはもう20−30年前に誰かが発見していると言われた。そこで、なんで教えてくれなかったのかと聞いたら、大学院の駆け出し時代は、そうやって自分で解決することもためになると言われた。車輪を再度発明するのも有意義な時もあるとか言われた覚えがある。そうやって、私の成長をも促してくれていたのだろう。


 息子が私の出身大学学び出した時、私たちはまだに日本にいたので、一人で住んでいた息子をとても可愛がってくれた。かなり変人だった奥さんまでもが、息子にとてもよくしてくれた。子供いない先生夫妻には、長い間先生の下にいた私の息子は、孫が帰って来た様な感じだったのだろう。


もう亡くなったが、学会などで、あの先生の教え子だと言うと、彼の研究結果は信用性が非常に高いとよく言われていた。


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