第68話 大学一年生にアメリカンジョークを浴びせてみた。

大学の改革で、一年生を100人あまりまとめて取ることになった際、教室会議で、一年生用のオリエンテーション的講義について議論されていた。2年後期に、専門を選ぶことになる新一年生への入門講義は各部門の宣伝講義とも言えた。私の所属していた学科は、それ以前は、「きつい」「汚い」「危険」の3kを満たしている学科の一つで、その頃には、若者の間では人気を落としていた分野の一つだったので、改名されていた。しかし、内容はほとんど3kのまんまだった。改名と共に、新たに私が所属する半導体関連の講座が設けられただけだった。おかげで、私のいた講座は学生には人気があったが、他にはかなり不人気の講座もあった。その為、他の教授の先生達は、会議の中で、私の所属する講座がこの入門講義の担当の一つ目になるべきだと言っていた。すると、私の上司の教授は、「いいですよ。やりましょう。」と素直に受け入れてしまった。ほお、凄いな、さすが先生と思って聞いていたら、会議の後で上司の教授は、「1回目は俺がやるから、後の2回は頼んだぞ!」と言って会議室を出て行った。勿論、私の上記の回想は、取り消されて、「自分でやるんじゃなかったのか?」に変った。その後、二人で、未だその頃はそれほど内容は知られていなかったが名ばかり先行していたナノテクノロジーについての紹介に重点をおこうとなった。


そこで、私は、半導体技術がどうナノテクノロジー分野に貢献しているかの現状と未来の予想とかに付いて話すことにした。先生は理論屋で、シミュレーションが専門なので、私は実験に重点を置いた。その頃は、未だ、パワーポイントも普及していなくて、ノートパソコンをつなぐことのできるプロジェクターのある教室もなく、オーバーヘッドプロジェクター(OHP)というものを使って講義をしていた。OHP用の透明なシートに、パワーポイントなどで作成したカラーの絵図をプリントして、一枚づつ、取り替えていく方法だった。それを、講義2回分だと、何十枚どころか、百枚を超えるOHPシートを印刷する必要があった。その頃の講義には、さらなOHPシートとインク代が比較的多くかかっていた。その辺は、自腹ではなく、大学の経費として落ちてはいたが。 


ここで、私は、あるアメリカンジョークで新入生達を楽しませてやろうと思った。それまでは、それまの私が講義を担当する学部生達は、二年生の後期の学生で、教養部で教育されている間に、バイトに、サークル、飲み会等、すっかり大学生活に慣れてしまった学生達だった。しかし、今回は、未だ、高校を卒業して一ヶ月ほどしか経っていないホヤホヤの一年生。英語ではフレッシュマンと言うだけはあるはずだ。このアメリカンジョークには、博士取りたての若い助手のA君に協力してもらった。


まずは、A君が、私のOHPシート全部と彼の講義のOHPシートを数枚持って、後ろ行くほど席の位置が高くなる大講義室に集まった一年生の前にやってくる。私は、2階にある、講義室後ろのドアからこっそり入室して、後ろの席で静かに、彼が講義を始めるのを待っていた。勿論、服装はジーンズとトレーナーだった。A君が、「私が前回講義に来た〇〇先生から、後続として紹介されていたfumiya57です。実は、こんな入門講義やりたくもないんですよね。」とやる気なしを丸出しで話を始め、「無理やり押し付けられたので、自分の好きなことを話します。」と言い放った。そして、彼は、彼が海外の学会発表で使った英語のOHPシートを使って、彼の博士論文について、話し始めた。


そこで、私が後ろから、「先生、そんな専門的な話をしても、先月まで高校生だった一年生にわかるはずがないでしょう。」と声を上げた。学生達は、大学生になると、授業を止めて先生に苦情を言えるすごい学生がいるのかと驚いたらしかったが、皆、後ろを見て私に注目していた。そこで、講義を始めていたA君が、「私は、別にこんな入門講義なんて、やりたくもないのにやらされているので、私の好きなことを話します。あなたが、私よりも上手くやれるんなら、やって下さい。」と答えた。私は、「それじゃあ、私が代わりにやりましょう。」と言って、前に出ていった。A君は、「こんなことを言われて、私は不愉快なので、帰ります。」と言って、出て行った。その時、A君は、手に持っていたチョークを投げ捨てて行った。なかなか良い芝居をしてくれた。その後、教卓に立った私は、彼の残した私のOHPシートで、私の第一回目のナノテクテクノロジーに関する入門講義をやり終えた。生徒達は少しずつ、私が本物のfumiya57だろうとは気づいていたが、私の一回目の講義が終わった時点は、まだ半信半疑な者もいたと、後で聞いた。二回目の講義をやる前に、一応、前回のは、彼らを楽しませるための芝居で、私が本物だとは言っておいた。その時点では、彼らの感情は、大学には、こんなふざけた教官がいるのかというのに変わったらしかった。


実は、私が、講義室の清掃をする職員のような作業服を着て、黒板を消したりしていている間に、助手のA君が話し始めてから、私が苦情を言って、A君が退場して行くという筋書きもあった。その場合は、私が講義を終えた後、「大学になると、清掃員でも、講義を側で聞いていれば、これくらいは知っているんだから、学生の君たちも、覚悟してがんばりなさい!」と言ってやりたかったが、掃除のおじさん達から苦情が出るのが心配でやめておいた。

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