第66話 試験監督させられた。スーツを着てこい?

私が某大学に赴任してから、しばらくして、試験監督をしろという通知が事務から届いた。その頃はセンター試験と言われていたと思う。そこで、何度か、事務部へ出向き、やり方を教授された。と言っても、他の先生達は慣れた人が多く、皆さん適当に聞いていた。緊張していたのは、新しく助手になった人たちと私だけだっただろう。私は、普通の期末試験の監督と、余り変わらないと思って出席したが、まず、大学入試は、日本人に取って人生を変える経験であり、粗相がないように、監督行為を行わなくてはならないと言われた。それを考えると、自分のような甘い態度ではいけないと思い、もうちょっと、真面目に注意事項を聞き始めた。違反と思われる行為を見つけても、個人には注意せず、まずは教卓から、試験会場である、全教室全体へ注意をする。カンニング等の悪質なケースを見つけても、単独では行動せず、何度も確認してから、注意を行うか、最悪、退室を求めるとか、ルールが決めてあった。退室を求めるにしても、他の受験者を動揺させないように静かに行う必要があった。


私にとって、この試験監督が一番不満だったのは、成人の日の三連休なのに、この連休が潰れたことであった。なんで週末に入試?私が最初で最後に受けた入試は、県立高校の入試だったが、週末にあったかどうかは覚えていなかった。その点では、やる気が余りないのも確かだった。私は、普段は、ジーンズにトレナー(アメリカ英語的ではスエットと呼ぶ)を着て大学へ通っていた。スーツとネクタイは、特別な時(卒業論文等の発表会とか、お偉いさんがやって来た時の会食など)にしか来ていかなかった。スーツとブレーザーは2着ずつしか持っていなかった。礼服は母が買ってくれたのが1着あったが。そこで、週末のセンター試験の監督も、普段の服装でやれ場いいと思い、ジーンズにスエットで、のこのこと出て行った。朝礼のようなのが事務部であり。試験問題と解答を導き出すために使うノート冊子が入った大きな紙袋を受け取って、教室へ向かったような気がするが、よくは覚えていない。同じ研究室の東工大出身の助手と、同じ学科の事務員さんと技官の人が一緒の監督チームを形成していて、頼れる人たちに囲まれていたのは幸いだった。しかし、朝の会合で、スーツを着ていない私だけが、目立っていたことには薄々気付いていた。まあ、皆、役割によって、色違いのリボンをつけているのでスーツを着ていないことは問題はないだろうと思った。


ここで、一つ、話題が逸れる話を入れておきたい。この試験監督の説明会に、私の率いることになるチームのメンバーの一人が、出会ったことのない人だった。チームは同じ学科の人員のはずなのに、誰か知らないかなり年上の男性がいた。新人の私だが、既に約一年勤めていたし、各教室へ挨拶回りに行き、全ての教官・事務官・技官には出会ったていたはずだった。後で、同じ研究室の助手に聞いてみたら、この人は、別の研究室の助手で、余り学校に出て来ていない人だった。出て来ても、新聞を読んだりして、何もせず、帰っていくのだと、その研究室の助教授から聞いた。別の助教授から聞いた話だと、彼が赴任して来た頃、この人が、水泳部の海水パンツと呼ばれていたような水泳着を盗んで捕まったのだとか。何度も盗難にあった水泳部の部員達が、夜見張りをしていたところへ盗みに来て、取り押さえられたのだが、警察沙汰にはならなかった。それ以来、この助手の男性は、目立たずに、時々学校には来るものも、何もせずに給料だけもらっていたらしい。事務から試験監督の命令が来ると、こうやって、ちゃんと出てくるのだ。そんな人間に給料を払っているとは、私よりもひどい給料泥棒だった。こんなのが新聞に載ったら大変なことになるからだろう。


話は元にもどって、このセンター試験の監督、なんとか大事なく終えた。途中で、ジョークの一つや二つも飛ばして(これに似たような話後に出て来ます)、生徒たちを和ませるのが、米国方式だが、私は、そんなことは、絶対にしないようにと、教授から釘を刺されていた。試験監督を終えて帰宅して、同情されそうな苦情を妻に言って、3連休(の家庭サービスの義務)を潰された怒りを私にぶつけられないようにと、なんとか誤魔化そうとした。一応、代休は1日取れたような気がする。しかし、大学の新年後は、入試もあれば、卒論と修論の発表会もあり、期末試験もある時期なので、とても忙しかった。卒論発表の後、研究室の飲み会があり、学生たちを家に連れて帰った。学生たちは、米国人妻は、こういう習慣に慣れてないので、妻が機嫌を悪くするのではないかと心配していた。しかし、妻は、全く気にしなかった。なぜなら、学生のために料理を作ったりするのは、私だったからで、家で、パーティーをするのにも慣れていたし。


初めての試験監督は何も問題は起こらず、安泰に終わったが、後に私が引き起こしてしまった事件(?)があった。センター試験の後は、大学で行われる前期の入試があった。センター試験ほど数の監督者は必要はないが、別の教官たちが監督を要請された。そんな時の教室会議で、隣に座る大先生が、彼に届いた事務からのの監督要請の書類を見せてくれた。そこには、試験監督は、受験生と間違えられないような服装をして来いと、でかかでかと書いてあった。この大先生は、これを指差して、このルールは私のせいで、新たに事務側が付け足した規則だと、笑いながら、全学科の教官の前で、「fumiya57ルール」だと言いふらした。大学の事務官たちは、まさか、ジーンズにスエットで、試験監督に来る教官がいるとは思わなかったので、狼狽えたのだろうと言っていた。あの、赴任前後に、日本語に慣れていない私に、何枚もの書類を書かせた、堅物の大学事務官達が焦ってしまったのなら、私は、やってやったぜ!という思いだった。

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