第50話 口の悪い元上司とスラングを知らない日本人教授

私が日本の大学へ赴任した直後に、前職の上司から、以前彼が勤めていた大学のグループへ一年間研究員として訪れていた日本人がいて、その日本人の知り合いが私の勤め始めた大学で教授をしているらしいと伝えてくれた。その日本人教授と似たような研究をしていた私の別の友人(米国人)が、私を訪ねてきてくれたので、その日本人教授のところへ連れていった。そこで、この先生に、私の元上司を憶えているか聞いてみた。すると、その先生の話は以下のような話をしてくれた。


私の元上司であるゲリーを憶えているかと聞いてみると、その先生は、ああ、ゲリーはよく覚えていると言った。彼が与えられた研究室のデスクの奥の部屋で、暗闇の中で、ゲリーはいつも実験していた。ある日の夕方、ゲリーが実験室から出てきたので、Gary, how was your day?と聞くと、ゲリーは、Just fine, but my experiments were all fucked up! これを訳すと、「私は元気だが、私の実験は全部ダメだった!」となる。しかし、この先生は、この放送禁止語である、f○ck(○にはuをいれる)の使い方は、セックスのことしか知らなかったので、ゲリーの実験とセックス(f○ck)は何の関係がるのだろうかと、とても不思議に思っと、私と米国人の友人に向けて語ってくれた。


一応、このゲリーさん、東海岸の超有名大学出身で、彼の担当教授は、ノーベル化学賞をもらっている。しかし、ゲリーはとても気さくな人間で、私と彼は、ジョークを飛ばしながら、一緒に実験していた。ゲリーと二人で、実験で予測される値を、ホワイトボードに書き込んだ簡単な計算で予測していくのが、楽しくしょうがなかったのを覚えている。


ゲリーと一緒に働くようになってすぐ、妻が、ゲリーは面白いジョークを知っているかと聞いてきた。以前の同僚の中には、面白いジョークを知っている者も多くいたので、妻は聞いてきたのだった。私は、いや、ゲリーはジョークはほとんど知らないようだが、彼の実話の方が、ジョークよりも面白いと、妻には告げた。ゲリーの逸話その2:ゲリーの教授がノーベル賞をもらった後、その教授は、助教授としてゲリーを雇うように、大学に話をつけてしまった。例の暗闇の実験をしていたゲリー、うまい結果が出る前に、その大学へ呼び戻された。ある日、その大学で、この教授と一緒にノーベル賞をもらった二人の研究者を招待して、受賞者三人を祝う記念のワークショップ(小さな学会のようなもの)が行われた。ゲリーはその幹事的な仕事を任されていた(懇親会を除く)。ワークショップ後の懇親会は、ノーベル賞受賞者三人とゲリーの四人で由緒あるレストランへ出かけた。ここは、ノーベル賞をもらった偉い教授が予約した。しかし、行ってみると、ドレスコード(服装規定)のあるレストランだった。それに引っかかったのは、勿論、我らのゲリーであった。ゲリーは、ノーベル賞受賞者三人が出席するイベントでも、ジーンズにバーケンストックのサンダルを裸足で履いて、Tシャツ姿だった。レストランに入れてもらうために、その三人のノーベル受賞者達は、自分達が着用していたソックス、背広のジャケットやワイシャツ等をゲリーに与えて着せて、ようやくレストランに入れたのだった(ネクタイはレストランが貸してくれたらしい)。


ゲリーの破壊力は、それだけでは終わらなかった。教授は、食事と一緒に高いワインのボトルを頼んだ。このワークショップで、皆から突っ込まれて気落ちしていたゲリーは、そのワインをガバ飲みしたらしく、かなり酔ってしい、ボトルを空かしてしまった。これは金曜日夜の話で、翌週の月曜日に、この教授と顔を合わせた時、教授が、「ゲリー、金曜日のあのワインはかなり気に入ったようだったな。」と言ってきた。ゲリーは、イエス、とても美味しいワインだったと返事をした。教授は、「そうだろう、あのワインは一本5000ドルするやつだからな。」とゲリーに答えた。自分が、がぶ飲みしたあのワインが超高級ワインだったと知ったゲリーは、教授に向けて、「そんな高いワインだったら、その時教えてくれていたら、もっと味わって飲んだのに、、、」と苦情を言ったらしい。この話を聞いて、皆笑いながら、ゲリーらしいと納得するところがゲリーの人柄である。

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