第15話 質問と答

「冗談だって。でも、まだ分からないよ。その髪で、どうして間違えるのか」

 手を斜め前に軽く上げ、純子の髪を示す相羽。

「かつらをかぶったんじゃないよね?」

「そんな余裕なかったから、前の日に相羽君から言われた通りにした。こうやって、ひとくくりにしたの」

 両手で自分の髪を後ろに流し、きゅっと束ねてみせる。

「……」

 相羽が見つめてきた。

「な、何よ。気持ち悪い」

「分かった。袴にその髪型なら、少年剣士のイメージだ」

「少年剣士ぃ?」

「なあ、劇はどうだった?」

 あ然とする純子に対し、相羽は話題を換えてきた。

 言葉に詰まった純子だったが、すぐに切り替える。

「それが凄いのよ。聞いて聞いて。始める直前まで胸が痛いくらいにどきどきだったのに、始まったら何だか知らないけどうまく行って、もう信じられなかったわ。そんな状態だったから、観てる人の反応なんて、ほとんど分からなかったんだけど、終わってから拍手が鳴りやまないの。あれ、うれしかったなあ」

「よかったね。こっちもやっと安心できた。自分で作った話が面白いのかどうか、その反応を間近で見るのもつらいだろうけど、全然分からずにいるってのも、疲れるんだ」

「大好評と言っていいんじゃないかしら」

「こりごりしてたんだよ、本当は。書くのって案外、難しかった。でも、反応がよかったみたいで、助かった気分」

「あの拍手、聞かせたかったわ。そもそも、話を作った人に向けられるべきよ」

「何を言ってんの。探偵役を始め、演技する人が頑張ったからでしょ」

「それは」

 一瞬、迷う。――肯定することにした。

「あ、何だか思い出してきちゃった。目が回るほど、大変だったんだから! 一日で台詞覚えて、演技は形だけで精一杯だし」

「男に間違われるし?」

「そうよ、全く!」

 言ってから、純子と相羽は互いに見合って、大笑いした。

「――あははは。ほーんと、新しく女子の友達、いっぱいできたわ」

「その人達、紹介してよ。本物の相羽信一と言うか古羽相一郎を見せてやろう」

「だめ。幻滅するから」

「そりゃないよ。ひどい言われ方。……ありがとう」

「いきなり、何?」

 口に運び運びかけたカップを止め、純子はきょとんとした。

「代わりにやってくれて」

「そのことなら、もう」

「嫌になる。どうして、涼原さんにばっかり、迷惑かけてしまうのかなって」

 相羽の口調が不意に、しかもあまりに真剣味を帯びたものだから、純子は言葉を探すのに手間取った。

「……気にしなくていいわよ。私、もう慣れた。今日だって、副委員長だから来ただけで、別に」

 言いかけて、止まった。言い切ろうとしてできなかった、とするのが正しいかもしれない。

「涼原さん?」

「……嘘ついちゃった。あなたが何て言ったって、風邪ひかせたのは私のせいよ。大事な日に、遠回りさせて」

「涼原さんこそ、古いことを持ち出して」

「どこが古いのよ。私の気が済まないのっ。電話で謝ったぐらいじゃ、全然足りない」

 純子はベッドのすぐ側まで寄り、正座した。

「ごめんなさい。あなたにも、おばさまにも迷惑かけてしまって」

 頭を下げる。

 すると何故か、相羽が笑い出した。

「くっ、くくく」

「何かおかしなこと、言った?」

 顔を上げて、にらむように相羽を見る純子。

「ううん、言ってない。だけど、笑えてさ。何か、似たようなことしてるなって思ったら、おかしくなってきた」

「似たような? 私とあなたが?」

「きちんと謝らないと気が済まないってところが」

「……言えてる」

 純子も知らず、口元をほころばせる。片えくぼができていた。

「お互い様ってことで、もう言いっこなしだよ」

「分かったわ。ね、いつから出て来れそう? 明日?」

「多分、明日」

「そう、よかった。でも、無理しないで」

「四日も寝てられないさ。母さんにも迷惑だろうから」

 ドアの方を見やる相羽。もちろん、閉じられたままだ。

「そう言えば、相羽君のお母さん、お仕事しているの? あのスーツ……」

「うん。今日はどうしても外せない仕事があって、午前中、出ていたんだ。昼に帰って来て、僕の調子がよかったらまた出て行くつもりなんだってさ」

「ちょっと意外。優しそうな人だから、つきっきりで看病されてるのかと思ったわ」

「すでに一昨日と昨日、つきっきりにさせてしまったもんな」

 相羽の表情が、ふと曇った。申し訳なく感じているのかもしれない。純子にはそう見えた。

(そんな顔しないでよ……。私、また責任、感じちゃう)

「いい加減、甘えてばかりいられないよ」

「あ、あの、お父さんは?」

「ん。亡くなったんだ」

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