第14話 お見舞いと報告と
「そうよ」
「てっきり、まだ玄関にいるんだと」
「相羽君のお母さんに上げてもらっちゃった。きれいな人ね」
中に入り込む。急いで片付けた気配があったにしては、整理整頓された部屋だ。純子から見て左手に、漫画ばかりの本棚と色々な種類の分厚い本が詰まった本棚が一つずつあって、脇に虫捕り網が立てかけられている。本棚のすぐ近くに勉強机。その机に頭を向ける格好で、ベッドが配されていた。全体的に、青系統の装飾が目立つようだ。
「若作りだよ。それより、普通、お見舞いと言ったら先生が来るものだと思ってたけど」
「先生は昨日の学芸会の関係で、用事が詰まっていて、忙しいんだって。その代わりに副委員長の私がクラスを代表して、来たわけ。本当だったら、みんなで来てもよかったんだけど、今日はお休みでしょう? 学芸会の代休」
「そうか。今日、学校は休みなんだ。日付の感覚がなくなってる」
「――よかった」
相手の様子を見て、そんな感想が自然にこぼれ出た。
「何が?」
「もっと重い風邪じゃないかって、心配してた。でも、相羽君、元気そうだから、ほっとして」
「元気に決まってる。そうじゃなかったら、君を部屋に入れやしない。うつしたらまずいだろ」
「これ、みんなから」
改めて花束を渡す。
「凄いな、こりゃ。鼻づまり気味なんだけど、それでも香りが」
「花粉症じゃないわよね」
「あ? そんなことないよ。ありがとう。母さんっ」
呼ばれるのを待っていたかのごとく、いそいそと入ってきたおばさん。手にはお茶とお菓子を載せた木製のトレイ。ふかふかの絨毯の上に、慎重な手つきで置く。
「これ、もらったから、生けといて」
「はいはい。お茶をどうぞ、涼原さん」
「ありがとうございます。あの、お構いなく」
「子供は遠慮なんかしちゃだめよ」
そう言い残すと、おばさんは手に花束を持ち、立ち上がった。部屋を出て行くとき、ドアを閉めた。
(えー? ドア、閉めちゃうの? 寒いから当然かもしれないけど、二人きりにして何とも思ってないのかな、おばさま)
変に意識してしまう。
「何で、下に置くかなあ」
見ると、相羽はベッドから出ようとしている。
「待って。取ってあげるわよ」
「それぐらい」
「いいから。病人らしく、寝てっ」
半ば強引に相羽を押し戻すと、紅茶の入ったカップとお菓子を渡した。カップや小皿にもうさぎの絵が入っていた。こちらはどうやら、『不思議の国のアリス』関係のようだ。
「平気なんだけどな」
「じゃあ、熱はもう下がった?」
「ん……まだ、ちょっと。声は戻って来ただろ?」
「そうみたいね。電話もらったときはびっくりした」
「涼原さんも食べてよ。一人じゃ何だか」
口を着けにくそうな相羽。
「太りたくないもの」
「そんなに細いのに? もっと食べなきゃいけないんじゃない?」
「ど、どうせ、私は胸がないわよ」
相手の視線を感じて、服の上から胸を両腕で覆い隠す純子。意識過剰かもしれない。
「そんなこと言ってないよ。どうしてこうなるのかな」
「ふんっ。男に間違われるぐらいだもんね」
半分、やけになって、純子はお菓子に手を着けた。
「――あ、おいし」
クッキーを一口かじって、手で口を押さえる。
「それ、母さんの前で言ってやってよ。手作りなんだ」
「ほんと? 凄く香ばしくて、おいしいわ。喫茶店やお菓子屋さんで出せそう」
「はは、泣いて喜ぶかも」
「これなら、太っても悔いなし」
「あ、さっきのこと……男に間違われたって、まじ? とてもじゃないけど、信じられない」
「元はと言えば、あなたも関係してるんだから」
意地悪く言って、相手を指さす。
相羽は怪訝な顔をした。
「僕が? どういうことさ」
「劇で私、相羽君の代わりに探偵役をやったでしょ。劇が終わって、舞台上で紹介されたのよ。司会の人がプログラム見ながら聞いて来るんだけど、そのプログラム、探偵はあなたの名前になったままだったのっ」
「……それだけで間違えるか?」
「格好だって、着物に袴だったわ。喋り方も男っぽくしたつもりよ。そのせいで、体育館を出たら、知らない女の子達に囲まれて、もう大変だったんだから。付き合ってくださいだなんて、とんでもないわ」
「付き合って? はははっ! それはいいや」
肩を震わせ、笑いをこらえようとする相羽。まだ喉に不安があるのと、紅茶カップを手にしているせいだ。
「笑い事じゃないわよ。口で言っても納得してくれなくて、スカートに着替えて、やっと信じてもらえたんだから」
「将来、宝塚に入れば」
「もう! 怒るわよ」
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