第12話 取り違え

『――今関さんに本を渡すことができた者。事件後にその本をすり替えることができた者。今関さんの死後――ここが肝心です――、カップに毒を入れることができた者。これらの条件を満たしているのは、日向律子ひゅうがりつこさん、あなた一人しかいません。つまり、犯人はあなたです』

 抑えた口調で、探偵役の純子は言い切った。わざと低く、男の子の声のように喋っている。

『ああ――』

 前田演じる日向律子が、その場にくずおれた。

 警部役の立島が、純子へ視線をやる。タイミングを合わせて、うなずく純子。

『日向律子、あなたを逮捕します』

 立島の台詞が終わると同時に、舞台の照明が落とされた。暗がりに各演者が身じろぎ一つしない中、幕が降ろされていく。

 拍手が起こった。大きく、しかも長く続く。

「はぁ、疲れたぁ」

「無事に終わって、よかった!」

「受けてたみたいだし」

 幕の内側、きゃっきゃ言って騒いでいる間も、観客席の拍手は続いている。

「おーい。実行委員の人が、もう一度、顔見せできないか、だってさ」

 幕の上げ下げを担当する清水らが、大声で言った。

「やろうやろう!」

 すぐにまとまり、主な出演者が一列に横並びする。

 幕が再び上がると、まだ続いていた拍手がいっそう大きくなった。

(こんなに受けるなんて、思ってなかったなあ。相羽君、凄いよ)

 大げさでなしに、感動する。

「いやあ、面白かったですねえ」

 マイクを通して、司会進行役の六年生が、にこやかに話しかけてきた。やや漫才めいた調子だが、なかなか堂に入った司会ぶりだ。

「時間、短いんですけど、一人ずつ、紹介しましょう」

 プログラム片手に、客席から見て左端から順に始める。

「最初は、被害者の今関こと勝馬重人君。どうでしたか、殺される気分は?」

「えー、『毒』よりも、椅子から転げ落ちて、肘を打ったのが痛かったです」

 笑いが起こった。

「なるほど。二人目は、ああ、怪しげな宇崎を演じました、柴垣良介しばがきりょうすけ君。どうしてこの役を?」

「僕が一番、犯人っぽい顔だからってことで選ばれました」

「みんなの判断は正しかったようで、僕も引っかかりました。では次。これも容疑者役の一人、城島役の井口久仁香さん。どこが難しかったですか?」

「あの、カップを運んで配るときに震えるのが、わざとらしくならなかったかなって、ちょっと心配です」

 こんな風にして、どんどん聞いていく。

(時間、だいぶ取ってるみたいだけど、いいのかしら)

 一番端で待つ純子は、目の前に時計が見えるせいもあって、ひょんなことが気になり出した。

「警部の立島君。探偵に出し抜かれる、ちょっと損な役だと感じたんだけど、正直なところ、どうだろう?」

「役自体は楽しかったです。けれど、台本で犯人が分かっているだけに、歯がゆかったのも事実です。ああ、こいつが犯人じゃないって分かってるのに、って」

「ははは、なるほどね。次はその犯人だった、前田雪江さん。どう、犯罪者になった気持ちは?」

「お隣の名探偵がいなければ、逃げ切れたかと思うと、残念で残念で」

 前田はそう言って、純子に笑いかけてきた。

「そうですねえ。では最後に、名探偵・古羽相一郎を演じた、相羽信一君」

(え?)

 マイクを向けられ、一瞬、思考が中断される。

(相羽って……。あ、そうか。プログラムには相羽君の名前が載ってるんだわ)

 司会役の手にあるプログラムを見て、思い当たった。

 が、その訂正をする間もなく、ここでタイムアップ。

「素晴らしい推理で楽しませてもらいました。では、六年二組の皆さんに、もう一度、拍手を」

 何度目かの大歓声と拍手の中、出演者全員で、深くお辞儀をする。

(変なことになっちゃったな)

 頭を下げながら、そんなことを思う純子。

(ま、いいか。楽しかったんだし)

 困惑顔が笑みに変わった。


 舞台を下り、着替えるために教室に向かった。このあとは自由だから、時間的余裕はある。が、体育館を出たところで、純子達は思わぬ事態に出くわした。

「古羽さーん!」

「格好よかったわあ」

 何人もの子が、純子達出演者が出て来るのを待ちかまえていたと見える。間近で見たいということらしい。冗談なのだろうが、サインして!なんて声援まであって、ちょっとした騒ぎだ。

「凄い……」

 口をぽかんと開けてしまいそうになる。

 とにかく、みんなでひとかたまりになっていこうとしたら、純子は腕をつかまれた。

「あ、あの」

 焦って振り返ってみれば、女子が数人いる。学年はばらばらのようだ。六年生から三年生ぐらいだろうか。

「素敵っ」

「最高でした」

「あ、ありがとう……ございます」

 何と応じていいのか分からず、へどもどしてしまう。そこへ追い打ちをかける声が来た。

「うちの学校に、こんな格好いい男の子がいるなんて、知らなかったわ」

「きれいな声してるし、見た目もいいし」

「ほんと。私と付き合ってくれませんか?」

「いいえ、私とよ」

 今度は、本当にあ然となる純子。

「あははっ! もてもてね」

 隣にいる町田や前田達が、声を上げて大笑いする。

「わ、笑い事じゃ」

 クラスの女子らに向かって抗議しようとすると、話しかけてきた方の女子達が一斉に騒ぎ立てる。

「いやーん、そんなに仲良くしないで」

「他のクラスの女子にも、目を向けてよぅ」

 目が真剣である。

(こ、これは、本当のことを早く言わないと)


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