第6話 推理劇でもいかが

 え、まじ?という風な声がいくつも上がる。

「四十人全員を登場させるのは無理だけど、話のアイディアはあるんだ」

「そう言えば相羽君、図書の時間、たいてい探偵小説を読んでるわね」

 前田が言った。彼女も負けず劣らず、読書家である。

「好きだから。前の学校のはあまりなくてさ、こっちの図書室、推理小説の本がたくさんあって感激した」

 うれしそうに話す相羽の肩を、純子はちょいとつついた。

「話、それてる」

「あ、しまった。えーと、この話は決まってからと言うことにして、それで、他に意見はない?」

 誰も手を挙げない。どうやら、すでに推理劇に興味が傾いているようだ。

「じゃあ、多数決を取ります。やりたいと思うものに、手を挙げて。最初は、合唱または合奏」

 順次読み上げていくと、やはり推理劇に人気が集中した。

「推理劇が一番多く、希望者がいたので、これに決めたいと思います。先生、いいですか?」

「ええ、みんなの意見です。尊重するわ」

 先生までもが、結構楽しんでいるように微笑んでいた。

「それから……あと、何が決められるかというと……そうそう、さっきの続き。僕が話を作るっていうので、いい? もちろん、他の人でもいいんだ」

 だが、さすがに自分がやると名乗り出る者はいない。読書感想文でさえ青息吐息で仕上げるのに、小説や脚本を自分で作るなんて、想像もできないのかもしれない。

「ねえ、こうしたらどうかな?」

 思い付いたことを口にする純子。

「とりあえず、相羽君に書いてもらって、それで行くかどうかを判断するために、みんなに読んでもらおうよ」

「悪いところがあれば、口出しできるわけだ?」

 立島がうなずく。他のみんなも理解したように、うなずいた。

「相羽君はこれでいい?」

「もちろん。助かる。アイディアがあったら、どんどん言ってほしいし」

「じゃ、決まりね」

 意見が通って、うれしくなる。

 それから、相羽が考え考え、皆を見回した。

「早速、取りかかりたいところだけど、まず、知っておきたいことがあるんだ。みんなの中で、どのぐらいの人が登場人物になってくれるかっていうこと」

「出たいけど、台詞が長いのはやだな」

「あ、僕も。覚えきれやしない」

「私も」

 そういう声が多数を占める。

「困ったな。推理劇となったら、かなり長い台詞を言う役も必要になるだろうから」

「それじゃあさ、短い台詞なら出るっていう人を含めて、出たい人、手を挙げてみて」

 純子が聞いた。たくさんの手が挙がる。

「――ちょうど半分。二十人」

「多いな。いや、うれしいけど。ちょい役が二十人というのはなあ。とにかく、名前は控えておいて」

「え、名前?」

「誰がどういう役に合うのか、イメージがあるからさ」

「そっか。と――町田さん、書いといてくれる?」

「分かったわ。任せておいて」

 書記の町田は、首を幾度も巡らせ、挙手している人の名前をノートに書き込んでいく。

「長い台詞でも大丈夫だって人は? 最低でも三人はいてほしいんだ。犯人と探偵と被害者」

「被害者は途中で死んじゃうんだから、まだ楽そうだな」

「犯人は二人以上でもいいんじゃないか? 台詞、分割したりして」

「探偵役って、男じゃないとだめ?」

 三つ目の声は前田。純粋に質問なので、相羽が答える。

「女子でも男子でも、どちらでもいいよ。他の役も同じ」

「面白そうだけど」

 そう言いながら、ためらっている人が意外と多いようだ。

「探偵役か犯人役のどっちか、相羽がやれば?」

 そんな意味の声を、何人かが後ろから飛ばした。

「難しい役なら、作った本人が一番覚えやすいに決まってるよ」

「話を作らせた上に、そんな大役、押し付ける気?」

 遠慮したそうな相羽。

 純子は、また意地悪したくなった。

「多数決で決めたら? 先生、どうでしょう?」

「それがいいわ」

 先生から、あっさりとお墨付きをもらえた。

 純子は内心、笑い出したいのをこらえながら、相羽を目で促した。

 不承不承、始める相羽。

「じゃあ……僕が今度の劇で、探偵役もしくは犯人役をすることに、賛成の人、手を挙げ――」

「はーいっ」

「賛成!」

 皆まで言い終わらぬ内に、クラスの全員が挙手していた。

 相羽を見れば、芝居がかった調子で頭を抱えていた。


 内容は単純と言えば単純だった。

 犯人がどうやって被害者に毒を盛ったか。言い換えれば、被害者に毒を盛ることができた者こそ、犯人であるという図式が成り立つ仕組みになっている。

『まず、コーヒーを入れた鹿島田かしまださんはどうか』

 探偵役の相羽が、やや大げさな身振りで鹿島田役の町田を示す。

 町田も分かり易さを第一に、胸の前で両手を握り、身震いして見せた。

『毒を入れることはもちろん、可能です。また、鹿島田さんには動機もある。しかし、毒が入っていたのは、死んだ今関いまぜきさんが口を付けたカップだけでした。誰がどのカップを手に取るか分からないのに、一つだけに毒を入れる。おかしくはないでしょうか? あのときコーヒーを飲んだ十人全員に恨みがあるのならともかく、今関さんだけを狙うのなら、こんな不確かな方法はありません』

『可能性に賭けたかもしれんじゃないか』

 警部役の立島が、なるべく重々しい口調で疑問を唱えた。どこから借りてきた物なのだろうか、コートが案外、様になっている。

『失敗したら、知らん顔していればいい。うまく今関が飲めば儲け物というやつだ』

『あり得ませんね』

 即断する探偵役の相羽。こちらは着物に袴という出で立ち。横溝正史の創出した探偵を意識しているのだが、実にはまっている。髪型がちょっと似ているせいかもしれない。

 顔色を変えて、相羽の前に出る立島。

『何故、言い切れるんだね?』

『あのとき、コーヒーを飲んだ残り九人の中には、鹿島田さんの妹さんと恋人の宇崎うざきさんもいた。二人のどちらかに毒入りのコーヒーが行き渡る可能性も充分にあります。鹿島田さんが犯人なら、そんな危険な方法を取るはずがないでしょう。よって彼女は容疑の外です』

『よかった……』

 いかにもほっとしたように、鹿島田役の町田は胸をなで下ろした。

 相羽は警部役の立島にうなずいて見せてから、続きにかかった。

『次に考えるのは、砂糖のことです』

「ちがーう!」

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