第5話 学芸会に向けて
「運動会のときは首尾よく、賞品をもらえたことだし、白組も勝つことができただけに」
先生が、雰囲気を盛り上げるような言い方をしていた。
「学芸会でも、いいところ、狙いましょう」
運動会が終わったと思えば、すぐに学芸会。秋は行事が詰まっている。
「じゃ、相羽君、涼原さん。進めて」
先生にうながされ、前に立つ二人。
学芸会で六年二組は何をやるか、出し物を決めるのだ。司会が委員長で、副委員長は板書。それを書記委員――二学期は町田芙美――が書き取るという形になっている。
「最初に、みんなの希望を聞きたいと思います。意見がある人、手を挙げて、どんどん言ってください」
意見は確かに活発に出た。ただし、学芸会でやることなんて、ほとんど決まっているようなものだ。合唱・合奏/舞台劇/占い/街の歴史研究/美術作品の共同製作等々。
「何かありがちだな」
相羽が言った。
「んなこと言ったって、そういうのに決まってるんだぜ」
前の席の大谷が返す。
「そうだろうなあ。前の学校でも、似たようなことやってたっけ……。でもな、毎年、似たようなことやっても面白くないんじゃないか?」
「それもそうだ」
みんな同じ気持ちらしく、うなずいたり、口々に「そうだそうだ」と言ったりしている。
「何かないかな……手品とか」
「それは無理よ」
町田がすぐに反応した。
「どうして、町田さん?」
「四年のとき、手品に決まりかかったことあったんだけど、大がかりになりすぎるのが一番の問題になったわ。それと、手品って、全員が参加しにくいのよ」
「そっか。全員参加が条件……。先生、校舎内じゃないとだめなんですか?」
「一応、原則としてはそう決まっているわね。何か思い付いた?」
「その、ペットボトルでロケット作って、飛ばすのが流行ってるから、ロケットが飛ぶ仕組みの研究と併せてやったら、少しは面白いかなと思っただけです」
先生が感想を口にする前に、教室のみんながほーというため息にも似た反応。もちろん、興味を示してのことだ。
「面白そう」
「やろうよ、先生」
そんな声も上がったが、先生は難しい顔をした。
「特別に認めてもらうには、色々問題あるみたいねえ。場所を取るから、ロケットを飛ばすのって。しかも、水をまき散らすでしょう?」
この一言で、板書していた純子は、先生の言いたいことが分かった。教室にいるみんなの大多数も気付いたかもしれない。
(秋になって台風が来て、やっと水不足が解消しつつあるんだっけ。そういうときに、ペットボトルのロケットなんて、ちょっと無理だよね。あーあ、いいと思ったんだけど)
ちらと、相羽を背中から見やる。彼もすぐに分かったらしい。
「そうか、水の問題があった。難しいや。やっぱり、多数決で行く?」
「待って」
思わず、純子は口に出していた。自然、みんなの注目を浴びる。
(だ、だって、私、黒板に書いてばかりで、意見、言ってないんだもの。いいよね?)
小さくせき払いしてから、彼女は続けた。
「えっと……折角、新しいことをしようと一度は思ったんだから、もう少し考えようよ。前に書いた中から選ぶにしたって、何か一つ、工夫を凝らしたいと思うの」
「工夫って、どんな?」
相羽が言った。今の彼は、成り行きを楽しんでいるように見受けられる。
「そ、そうね。……たとえば合奏だと、楽器を手作りするとか」
「無茶だよー!」
教室のそこここから反対意見が出た。
「だから、たとえばだってば。そんなすぐに、いい案が出るわけないじゃない」
額に手を当て、考え込む純子。
その間に、相羽。
「みんなも考えてくれよ。と、その前に……一つ、思い付いた。この劇だけど」
相羽は板書された「舞台劇」の文字を、こつんと指で叩いた。
「推理劇にするなんて、今までにあった?」
「推理劇? ない!」
波紋が部屋いっぱいに広がる。
「それなら、僕は推理劇を提案しとこうっと」
「『FRHTNNZBRU』みたいな?」
面白がっているのか、昔から人気の続いているテレビの人気推理ドラマの名を挙げる子もいる。
「そんな感じ。『あそこまで格好よくいくかどうかは、私にも疑問なんですが、受ける自信は、あります』」
左手の人差し指と親指とで、眉間の辺りを軽く押さえる相羽。そのドラマの主役の警部の仕種を真似ているのだ。
(そう言えば、相羽君、警部役の人に、外見がどことなく似ているな)
純子は想像して、吹き出しそうになってしまった。何とかこらえたものの、口元がひくついて仕方がない。
「筋書きは誰かが書くの? それともどこかから借りるとか」
手を挙げながら、立島君が質問する。賛成するが、問題があることも言いたい様子だ。
「自分達で作った方が便利は便利だろうけど、それだけ大変だよ?」
「賛成してもらえるんなら、僕が作る」
相羽が言い切った。
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