第4話 借り物競走

(どうやって……。まさかアイススケートかバレエでもやってた?)

 純子が突飛な想像を巡らせる内に、相羽はするするとゴールイン。他を寄せ付けない強さだった。

「どうだ、見たか」

 まだ、どことなくふらふらしているものの、戻って来た相羽は、うれしそうに純子の横に腰を下ろした。

「凄いわ。何で、あんなうまいこと行けたの?」

「前の学校で五年のときにやって、経験積んだんだ。回転させられた方向とは逆回りに走るつもりで進めば、だいたい真っ直ぐに行ける」

「そんなもんなの?」

「疑うなら、試してみれば。椅子の回し役は任せなさいっ」

 冗談めかして笑う相羽に、つられて純子も笑った。

 しばらくして、今度は純子の番が回ってきた。相羽とお喋りしていたせいで、しかとは観察していなかったが、これまでのところ登場した借り物は、「氷」「担任の先生」「自分の上履き」「跳び箱」といったところ。夏に氷はなかなか大変だし、上履きを校舎まで取りに行くには相当な距離を走らねばならない。跳び箱なんて、論外だ。

(気が重くなってきた)

 ため息をついて立ち上がる際に、相羽から声をかけられた。

「気楽に行こっ!」

「……あなたほど気楽にはなれそうにないけど」

 帽子をかぶり直し、スタートラインへ。

<位置について。よーい>

 ぱん。

 乾いた音に、飛び出す。六人がほとんど横一線のまま、借り物を指示する封筒が置いてある場所に殺到。

 純子は特に選ぼうとはせず、手近の物を拾い上げた。

(――何よ、これ!)

 封筒の中の紙にある指示を読むなり、笑いそうになった。冗談みたいに、ぴったりしている。

 「ファーストキスの相手」とある。さらにご丁寧に、「まだしたことのない人はしたい相手」と括弧付きで注意書きが付されていた。

(降参しちゃえば早いけど)

 横目で他の五人を見る。困っているのは純子だけではない。皆、足を止めて、おろおろしている。もしかすると、全員に同じ指示が出された可能性もある。

(ファーストキスの相手。形だけなら、相羽君がいるけど。ここは……したい相手を連れて行くべき? でも、どうせみんなに知られちゃうもん、借り物の内容。相羽君とのあれは数えないのか、なんて聞かれたら面倒だ)

 短い時間にこれだけのことを考え、純子は決断した。

 スタート地点近くまで戻ると、相羽を手招き。

「相羽君、来てよ!」

「え? 僕? 何の用?」

 半分、腰を浮かしかけている相羽だが、まだ戸惑いの表情が露だ。

「借り物に決まってるでしょ! 黙って、来て!」

 必死に叫ぶと、相羽も意を決したらしい。それからの動きは俊敏だった。

 相羽が追いつくと、純子達は二人して封筒のあった場所まで行き、そこから並んでグラウンド半周。純子の判断が早かったおかげか、見事に一着となった。

「で、何? 借り物、何だって?」

 ゴールインしてから、相羽が聞いてきた。少しばかり、息を切らしている。

「こ、れ」

 息を整えようと地面に腰を落としてから、封筒ごと紙を渡す純子。

 『借り物』の相羽も純子の隣に座り、紙を見る。

「……は、はは。これは、いいなっ」

 笑いがこらえきれないのか、相羽は顔を下に向け、苦しそうにしている。

「証拠を出せと言われたって、証人が何人でもいるから安心だわ」

 半ば投げやりに、純子は言い捨てた。

(何でもいいや、もう。一着になったから、いい)

 自分の内に残る、小さなわだかまりを忘れるため、純子はそう考えることに決めた。

 でも、簡単には忘れられないみたい。

(ファーストキスかあ……)

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