そばにいるだけで エピソード2

第1話 誰に投票する?

 二学期。最初にすることは?

「これから紙を配るから、ふさわしいと思う人の名前を男女一名ずつ、書くように。男子女子に関係なく、票の一番多い人が学級委員長。副委員長は、委員長が男子だったら女子の一番の人、委員長が女子なら男子の一番の人がなります。一学期の委員長だった立島君、副委員長だった前田まえださんの二人は除くように。続けてなると大変だから」

 先生は前置きし、クラスの右端から紙を配り始めた。

「ね、ね。誰にする?」

 紙を回す際に、富井が純子に聞いてきた。

「さあ。どうしようかな」

「立島君がだめとなると、次に頭いいのは……鈴木すずき君か相羽君?」

「成績で決めるもんじゃないわよ」

 ひそひそ、小さな声でやり合う純子達。

「でもねえ、ばかは困るし……。恩義もあるし、相羽君にしようかしら」

「恩義って……宿題、教えてもらったこと?」

 夏休みの宿題を先ほど提出したばかりだ。

「あれは、私があいつに化石のある場所を教えたからよ。宿題だけに限っても、私の方も教えたんだし。恩に感じる必要なんて」

「純ちゃん、何でそんなに嫌うかなあ。あのこと、まだ気にしてるとか?」

「あ、あのキ、キスは関係ないわよ」

 遠野の立場も考えて、誤解が解けた件は誰にも話していない。

「だったら、いいじゃない。それともこう考えたら? 相羽君を委員長にして、色々と雑用させてやれって」

「……なるほどね」

 純子の口元に思わず、笑みがこぼれた。彼女は紙に、男子は相羽、女子は町田芙美の名を記入した。

 後ろから紙が回収され、ひとまとめにされた。前の委員長と副委員長の二人が、最後の仕事とばかり、開票役に当たる。立島が読み上げ、前田雪江ゆきえが黒板に名前と得票を書いていく。

 純子の思惑に沿って(?)、男子は相羽が票を集めている。気になって、斜め後ろを振り返ってみると、「げ」という風に歯を覗かせている相羽が確認できた。

(嫌がってる嫌がってる。でも……案外、あいつがなってもいいかもね。何かあっても人のせいに絶対しない性格みたいだ、あいつ)

 などと、のんきに考えていた純子。

 しかし、開票が進むに連れて、顔色が変わる。

(な、何で)

 黒板にある「涼原純子」の名前の下に、「正」の字が増えていく。

「すっごいじゃない、純ちゃん。追い上げてる」

「じょ、冗談じゃないわよー。どうして私なんかが……」

 うろたえる間にも、純子の名を読み上げる声は続き、とうとう女子のトップになってしまった。

「おめでとー」

「郁ちゃん、まさか、私に入れた?」

 純子は机に突っ伏したままの態勢から顔だけ起こし、小さく拍手する友人を見上げた。

「ぴんぽーん。入れた」

「やっぱり……」

(道理で、開票の間中、うれしそうだと思ったわ)

 純子が落ち込んでいるのは、自分が十八票獲得して副委員長に決まったからだけではない。委員長になったのが相羽なのが、もっと大きい。相羽は過半数の二十五票を集めていた。

 新任された挨拶をするため、前に出る。並んで立つ二人の間に、少し距離。

 最初に相羽が始めた。

「ただいまご紹介にあずかりました、相羽です。面白がって入れた人もいるかもしれないけど、選んだからには、僕のやり方に従うように――とは言いません。みんな協力して、楽しいクラスを作っていきましょー。以上、よろしくっ」

 面白おかしい言い回しに、クラス中が大受け。

 それはそれでいいのだけれども、純子はやりにくさを感じてしまった。

(あんな風に言われたあとじゃ、何て言えばいいのよぅ)

 スカートの裾をぎゅっと握りしめる。

「次、涼原さん」

「は、はい」

 一歩前へ。

「えっと、涼原です。自信ありませんが、なるべく失敗しないように頑張りますから、応援してください」

 簡単にすませて、軽く頭を下げた。

 ほっとしているところへ、声が飛ぶ。

「誓いのキス、しないのかあ?」

「なっ――」

 反応しようとして、急に顔が熱くなる。

 調子に乗った男子達数人が、騒ぎ出した。

「記念にやれば」

「前よりもっと凄いの、見たいなあ」

 事情を知らない先生は、困惑を浮かべるばかり。それでもようやく、注意しようとした。

 が、それより早く、相羽が言った。

「そんなに言うんなら、やってやる」

 ざわめきの質が変化する。足下から涼しげな空気が昇り、一瞬にして教室全体を満たす。

(い!)

 純子は驚きが強すぎて、声が出ない。身体も固まってしまった。

(う、嘘)

 相羽が振り返ってきた。そして、にっと笑った。

「ほんとにやるのか?」

 また声が飛ぶ。さっきの野次とは一転して、戸惑いの響きがあった。

「ああ」

 皆の方に向き直り、相羽は楽しそうに言い切った。口笛やら冷やかしやらで騒然となる教室内。

「ちょ、ちょっと、相羽君」

 先生がおろおろしている。こんな事態、初めてに違いない。

「先生、ちょっとだけ待ってください。――最初に言った奴、誰?」

 しんとなる。すぐさま、手が挙がった。

「清水、またおまえか。ふーん」

「へへ。いいことしただろ?」

 笑いながら立った清水へ、相羽はつかつかと歩み寄った。

「いいこととは思わないな」

 相羽はいきなり、清水の首の後ろを左手で捕まえた。

(相羽君?)

 純子は呆然と、ただ見守るだけ。

「何だ?」

「俺だって、男なんかとキスしたくないからなあ。けど、それが希望なら仕方ないよな」

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