第9話 自由研究の追い込み時期

 スケールを使って手早く大きさを測り、簡単な記録を手帳に付けた。

「終わりましたっ。本当に、ありがとうございました」

 先のドアボーイに伝える。

 小さく手を振って応えてくれた。

 純子はそれからも、手帳にある場所を次々に回った。

 デパート、地下街、裏通りの電柱……探してみれば、街には化石が溢れている。知らずに壁や柱に使われるぐらいだから、貴重な化石では決してないんだろうけど、想像力をかき立てるに充分な宝物と言えた。

「おしまい、と」

 最後に、不動産か何かの会社の前にある床石を撮り終え、純子は思わずつぶやいていた。

「何だ、涼原さんじゃないか」

 知っている声に、純子は慌てて振り返った。

(相羽……君?)

 果たして、相羽が自転車に跨ったまま、止まっていた。ヘルメットをしているので顔は半分がた隠れていても、すぐに分かる。大きめのTシャツはわざとなのだろう。

「髪型、変えたの? いつも長いのを見慣れてるから、すぐには気付かなかった」

 夏休みに入ってから純子は長い髪を三つ編みにし、さらに巻いておだんごを二つにしていた。

「あんた……何してるのよ?」

「いきなり、それかあ。普通は『偶然ね』とか『久しぶり』とか、言ってほしいところだけど」

 相羽は自転車から降り、ヘルメットを外すと、純子の側まで来た。

「本屋に用があってさ。大きな店じゃないとないらしくて」

 彼の言葉の通り、自転車の前篭には、何やら分厚い本が入っている。

「涼原さんは? カメラなんて持ってるけど」

 相手の視線に気付き、カメラを背中に隠す純子。もちろん、もう遅いのだが。

「何で隠すのさ」

「べ、別に」

「気になるなあ。ま、無理に聞こうとは思わないけど、君も僕に聞いたことをお忘れなく」

「……自由研究の宿題、やってるところなのよ」

 仕方なしに純子は答えた。

 対して、相羽は「へえ」と感心したような声を上げた。

「だ、だから、他の子に知られたくなくて、言いたくなかったの。これでいいでしょっ」

「うん、分かった。でも、僕はもうやること決めたから、いいじゃない。聞かせてよ」

 にこにこしている相羽。

「笑うから嫌」

「笑うかどうかなんて、分からない」

「絶対、笑う」

「そ、そりゃ、笑わないって断言はできないけど、どうせ二学期になったらばれるんだぜ?」

 物腰が呆れた風になる相羽。

(それもそうか。だけど、こいつに話すのも、何だか癪……)

 しかし純子は、結局、言うことに決めた。

「化石?」

 純子が話し終わると、相羽はさっきのドアボーイと似た反応を示した。

「ほら、笑った」

「笑ってなんかない」

「じゃ、ばかにしてるでしょ。女のくせして、化石だなんて……」

「そんなことないって。それよか、本当に化石、あるの? こんな町中に」

 興味深そうに、身を乗り出し加減の相羽。

「あるわよ。ちゃんと見てきたんだから」

「見たい、僕も」

 思わぬ申し出に、純子は相羽の顔をまじまじと見返してしまった。

「何で……」

「何でって、そういうの、好きだからさ」

「あんたが考えてるのって、恐竜でしょう? 恐竜の化石なんかはないわ」

「分かってるよ。アンモナイトとかテーブルサンゴとかだろ?」

(あ、ほんとに、化石に興味あるんだ)

 相羽の言葉に、純子は感心した。

「その場所に案内してくれない?」

「え? 何で私が……。メモをあげるから、一人で行きなさいよ」

「だって、転校してきたばっかりで、よく分からないんだよなあ、この辺。本屋ぐらいしか知らない」

「も、もう……」

 図々しさに、呆れて物も言えない。純子は参ってしまった。

「しょうがないわ。代わりに、夏休みの終わり頃、宿題見せてもらおうかな」

「げっ」

「特に理科、得意なんでしょ? テスト、いっつも百点じゃない」

 にこりと笑ってみせる純子。

 相羽は片手を頭の後ろにやった。

「得意と言うか……好きなことは好きだけど。化石が好きなぐらいなら、涼原さんだって理科、得意だろ?」

 今度は曖昧に笑う純子だった。

(どっちでもいい。あんたの困っている顔、見たくなっただけだもん)

 結局はそういうこと。

「でも、連れてってくれるんだったら、いいか。自転車に乗せてやるよ」

「二人乗り、危ないわよ」

「平気だって。安全運転には自信ある。恐いなら、ヘルメット、使っていい」

「そういうことじゃなくてねっ。学校で禁止されてるのよ」

「そりゃそうだろうね。法律でも確か、二人乗りは違法だから」

「だ、だったら、なおさら……」

 違法と聞いて、身震いしそうになる純子。それだけ強烈な言葉だ。

「じゃあ、涼原さんが自転車、こぐ? 僕は歩くから」

「何、気を遣ってるのよ。私だったら平気」

「そんなに言うなら……」

 ヘルメットを前の篭に丁寧に入れると、相羽はそのスタンドを上げ、自転車を押し始めた。

「行こう」

「ええ、いいわ。結構、歩くわよ」

「かまわない。荷物、貸して。篭に」

 相羽は純子から荷物を受け取ると、篭のすき間にうまく収めた。

「あ、あの、ありがと」

 戸惑いながらも何とかお礼を口にすると、相羽はうれしそうに微笑んできた。

 気分が不思議に楽しくなるのを、純子は意識した。

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