第5話 何故かモテモテ

 相羽は膝を立てながら、これも小さな声で言った。

 やがて純子から相羽が離れていくと、ようやく教室の中の緊張感が解けたらしく、いつもの話し声が戻って来た。

 純子もどうにか落ち着いて、席にランドセルを下ろす。

 と、ふと、人の気配を後ろに感じた。

「――遠野とおのさん」

 急いで振り返ると、クラスメートの遠野明奈あきなが立っていた。

 純子の席から見て、左斜め前の、もう二つ先に座ってる子。位置的に、授業中、何かと後ろ姿が視界に入るのだけど、強い印象はない。無口な子なのだ。

「用でも?」

 黙ったままの遠野に、純子は顔を覗き込むように尋ねた。

 遠野はうつ向きがちの顔をさらに下げてしまい、弱々しく首を横に振った。

「う、ううん。何でもない」

 そのまま席に戻っていく。

(? 何だったんだろ?)

 純子は疑問に感じて、遠野の行動の意味を考えようとした。

 が、ちょうど予鈴が鳴って、彼女の思考は遮られた。


「雨なら中止だったのにぃ」

 恨めしげに空を見上げる純子達四人。雲一つないと表しては行き過ぎだが、きつい陽射しとむっとする湿気に、早々と参ってしまいそう。帽子があっても、かっかしてくる。

 六月の蒸し暑い最中の校内清掃。運悪く、草むしりを割り当てられた。

 手は機械的に動くばかりで、草を根っこから引き抜くことは数えるほどだ。日当たりのよい場所は暑いわ肌が黒くなるわで、悪いこと尽くめ。作業を適当に切り上げ、藤棚の下に逃げ込んだ。

「生き返るー」

 ようやく活発に草をむしり出す。それでも口を休めることはない。

 そこへ、手押しの一輪車に草やごみを満載して、相羽が通りかかった。純子達と同じく、草むしりを割り当てられた男子四人の一人だ。

「日陰ばっかり?」

 暑さに参っているのか、彼の地なのか、ぼんやりとした口調の相羽。

 純子はすぐに反発した。

「日なた、さっきやったわよ」

「どう見ても、適当だけど」

「もう少ししたら、またそっちをやるつもりだったの!」

「それならいいけど」

 言って、焼却炉の方向へ一輪車を押し始める相羽。

 がそのとき、女子の一人――井口久仁香いぐちくにかが甲高い声を上げた。

「きゃ!」

 何事かと純子達三人が集まる。が、彼女らも同様に悲鳴を上げた。

「何なんだよ」

 足を止めていた相羽が一輪車から手を放し、藤棚の下に入ってきた。

「ミミズ、気持ち悪い」

 井口がいじっていた辺りの土の中から、ミミズが姿を覗かせていた。赤くて、割と大きい。草の間をぬるぬるとはい回っている。

「何だ、ミミズか」

 そのままきびすを返しかけた相羽に、純子が言った。

「どけてよ。これじゃあ、草、取れない」

「自分達でやればいいだろ?」

 冷たい相羽に、今度は富井が言った。

「気持ち悪いもの。相羽君、やってよ」

「何で僕が……」

 と、口では言いながら、相羽は大股に近寄ってくると、腰をかがめ、ひょいとミミズを掴むや、すぐさま放ろうとする。

「あ、そっちに投げたらだめ」

 注意したのは町田。ミミズを手のひらに乗せたまま、相羽の動きが止まる。

「どうしろと言うわけ?」

「そんな日当たりのいい場所だと、干からびて死んじゃう」

「あのなっ。――ま、いいや」

 辟易の表情を浮かべつつも、相羽は日陰の、草の生えてない土にミミズを落とした。

「これで文句ないでしょ」

 手をはたくと、さっさと行こうとする。

「ありがとう! 手、洗いなさいよ」

「分かってるって!」

 町田の声に、相羽は背中を向けたまま返事をよこし、それから一輪車を押して行った。

「助かったわ、たまたま男子が通ってくれて」

「うん。ミミズ触るの、恐い」

「けど、相羽君でよかった。他の男子なら、たいてい、聞いてくれないよ」

「そうよねえ。優しいから、相羽君」

「ふん。優しいかもしれないけど、私は嫌い」

 友達みんなが相羽を誉めるのを聞いて、純子は反発した。

「そうかなあ。いいと思うけど」

 そう言った富井に続いて、町田が口を開く。

「分かった。あれでしょ。キ、ス」

「もうっ。それは言わないでっ」

 思い出すだけで腹が立つ上、恥ずかしい。

「あのときはびっくりしたよねー」

 純子の意に反して、他の三人があのキスを話題にし始めた。

「キスもびっくりしたけど、相羽君、純子に告白したも同然だよ、あれって」

 面白がる気持ちを隠そうともせず、井口が純子に話を振る。

「どうなのよ?」

「どうって、冗談じゃないわよ。大嫌い! いくら謝ってきても、絶対に許さないんだから」

「土下座までしたんだよ」

「そ、そりゃあ、あれには……ちょっぴり、感心しちゃったけど。あれぐらいじゃ、まだ」

 言いながら、自分の言葉が矛盾しているなと気付く純子。

(いつかは許すかもしれないわよ。わざわざ、住所まで調べて、私の家の前まで謝りに来るぐらいだし。でも、今はまだだめってことなんだから)

 己を納得させ、話を再開する。

「他人のこと考えない、自分勝手なんだから、あいつは」

「そうかなあ。だいいち、よく考えたらさ、ああいう告白って、格好いいよ」

 富井はさすがに相羽支持派だけに、全面的に弁護する。

「みんなのいる前で、『君があんまりかわいかったから』だって。いいよねえ。クール、クール」

「それが迷惑だっての! 最低限、場所をわきまえてほしかったわ」

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